自分のルーツのある場所 それは、やはり佐賀。

自分のルーツのある場所 それは、やはり佐賀。

column 19

ミヤザキ ケンスケ

January 25, 2017

一時はもう戻って来たくないとまで思っていた地元・佐賀。ただ、世界を旅し、見聞を広げてきたミヤザキは、「今は良いところだと思えるようになった」と言う。自分のルーツのある場所、それがやはり佐賀なのだと力を込めた。

 

「自分に余裕ができて視野が広がったのかもしれません。昔のぼくは佐賀には何もないと思っていたし、佐賀出身であることが恥ずかしく、馬鹿にされるとさえ思っていました。でも、そんなことはない。何より、故郷って他にはない特別な場所ですから」

 

今、ミヤザキが生まれ育った地元では、同級生たちが2代目、3代目としてそれぞれの家業を継いでいる。例えば、「かもはら写真館」、居酒屋の「ふるかわ」、そしてヘアサロンの「たんぽぽ」。それぞれが地元を盛り上げようと奮起している。

 

「今の佐賀には集まる場所があり、集まる仲間がいます。だから帰ってこようと思えるんです」

地元では、同級生たちが頑張っている姿に出会うことができる。鳥料理店「とり一」さんも同級生の営まれるお店の一つ

ミヤザキに案内され、佐賀城の周辺をぐるりと巡り、かつての遊び場、友人の店を紹介してもらった。その足は自然と小学校の時の通学路だったお堀を囲む遊歩道、そして友人らと駆け回った思い出が詰まった路地へと向く。その流れで佐賀城跡を訪れることになった。

当時のままの姿を保っている歴史的建造物が佐賀にはたくさんある

門の前でミヤザキの足が止まった。目の前にあるそれは「鯱の門」といって、「佐賀城鯱の門および続櫓」として国の重要文化財に指定されている歴史的建造物だ。この門は復元ではなく、幾多の修復を経ながらも、当時のままの姿を保っている。

「実はこの門、中に入れるんですよ。といっても、中には広い空間があるだけなんですけどね。忍者になったような気持ちになれますよ」

門をくぐり、奥へと進む。そして門がよく見える場所に腰を下ろし、ミヤザキはその姿をキャンバスに描き始めた。聞けば、小学校の頃にもこうやってデッサンしたことがあるのだと言う。

「堂々としてカッコいいですよね。ただ、当時は当たり前の存在すぎて、こんな風に感じられなかったなあ。ロンドンでの生活を経てからですかね、歴史のあるものに価値があることを実感したのは。向こうだと、文化財の前に門番がいて、きちんと守られていますからね。鯱の門も同じような歴史的な門ですが、自然な形で保たれていて、そんなギャップが面白かった」

ミヤザキがスケッチした「鯱の門」。歴史的重厚さに加え、ミヤザキ自身が感じているこの門の面白さを感じる

そして、ミヤザキは「歴史が、文化が、さりげなく自然な形で身の回りに溶け込んでいる。佐賀はそんな場所だと思うんです。だから、見る人次第で風景は変わる。ある人にとっては何の変哲もない風景でも、例えば歴史に造詣が深い人が見ると宝の山だと感じるかもしれません」と続けた。

現在、ミヤザキが暮らしているのは千葉県。「東京にも近く、便利だけれど、何か物足りないんですよね。味わいがないというか……」と言う。ミヤザキが言う“味わい”とは、その土地ならではの風景だ。

「銀天夜市という地元のお祭りがあって、そこに行けばみんながいるというような場がありました。街に出会う人、コト、場面がある。そういう文化が育まれているのが良かったと今になって実感しています。佐賀市は歴史のある地です。かつては城下町があり、今も城跡がしっかり残っている。そんな土地なのに、商売っ気のなさ、奥ゆかしさというか、分かる人に分かってもらえれば良いという空気があります。だから、見えている風景は同じでも、見え方は人それぞれで違う不思議な町なのかもしれません」

例えば、「佐賀はどういうところですか?」と聞かれ、「何もない」と答えるのはとても寂しいとミヤザキは言う。ただ観光地化されていないだけで、歴史や文化はちゃんと息づいている。それが佐賀なのだとミヤザキは力を込めた。

「自分の目で見て、発見できるところが良い。佐賀の歴史や文化といった魅力は、世界遺産のような分かりやすいものではありませんし、もしかしたら住んでいる人も気が付かない良さなのかもしれません。ただ、それはちゃんと存在している。だから、ぼく自身もこの目で見つけてみたい」

「鯱の門」を離れ、再び街の方へと歩いていく。ミヤザキがふと「あ、そうだ、万部島に行ってみようかな」とつぶやいた。「万部島(まんぶじま)」は堀に囲まれた小さな島で、佐賀市水ヶ江にある。

お堀のある佐賀では、一見どうやって建てたのだろう?と思うような建物に出会うことができる

お堀にかかった石橋を渡り、奥へと進むと、木々が鬱蒼と生い茂っている。中には桜の木もあり、春の頃は見応えのある景色になりそうだと感じた。ここはその昔、領民の繁栄、そして領地の五穀豊穣を願い、歴代の佐賀藩主たちが法華経1万部を読経した場所。島の奥には佐賀の役を起こした江藤新平たちの慰霊碑もある。橋を渡ってすぐの入口辺りは森っぽい雰囲気があるが、慰霊碑の周辺は全くひと気がないのに雑草などには手入れがされていて、広々としていた。この地を訪れた平日の日中は、小鳥のさえずる音しか聞こえず、とても静かに時間が流れていく。

万部島に立つ慰霊碑。周囲は綺麗に手入れされており、不思議な雰囲気を漂わせている

「実は万部島はトラウマの場所なんですよ。とにかく怖くって、幼い頃はこうして島に足を踏み入れられませんでしたから」

ミヤザキは随分と迷った結果、この慰霊碑を描いてみることにした。実に20年以上ぶりに対峙した瞬間だ。 「亀の上に碑が立っているでしょう。本当に変わっていますよね。佐賀の役に所縁のある場所だと聞き、この島にはずっと怖いイメージがありました」 描いているうちに、ミヤザキの強張っていた表情は、次第に和らいでいく。絵に次々とカラフルな線が足されていき、完成したそれは実に華やかな面持ちとなった。

慰霊碑もミヤザキが描くと子供も行ってみたくなる場所に変わる

「佐賀の過去、そのことを知りたいし、知ってほしいという思いがあります。ここはそれを静かに語る場所の一つです。ようやく真正面から向き合えました」

 

(edit.山田祐一郎)

DATA
鯱の門
住所 佐賀県佐賀市城内

万部島
住所 佐賀県佐賀市水ヶ江

ページ上部へ