父の背中を追った幼少期 その経験が今の土台になる。

父の背中を追った幼少期 その経験が今の土台になる。

column 21

池田 学

March 10, 2017

今出川から少し離れたところに、もう一つ、池田が通った場所があると聞き案内してもらった。辿り着いたところは一見すると何の変哲もない雑木林。町道から脇道に入るような形で畑に沿って畦道が続き、その先に鬱蒼と木々が生い茂っていた。

「確かここだったかと…ちょっと、見て来ますね!」と颯爽と雑木林に駆け出す池田さん

「ここには夏によく来ていたんですよ。実はこの森にはたくさんカブトムシがいたんです。今でもいるのかなあ。当時は結構有名で、ぼくら以外にも“ライバル”たちがよく捕まえに来ていました」

夏休みになると、池田はカブトムシを捕まえるためにすすんで早起きをした。
「ただね」と池田は続けた。「この森すべての木にカブトムシやクワガタムシがいるわけではないんですよ」と言葉に力を込める。カブトムシが好む樹液が出る木には、カナブンやスズメバチが寄ってくるのだと池田は言う。そういう木を見つけること、そして誰よりも早く抑えることが求められた。

雑木林は、子供たちの宝物だったのだ

まさに木の取り合いだった。朝5時に出掛ける人が現れると、負けじと4時に出掛ける。そして、3時、2時とどんどん早くなっていき、最終的には深夜徘徊で補導される子供が出てしまったため、このデスマッチは終わりを迎えた。

池田にはカブトムシ捕りにおける美学があった。“仕掛け”を使わないことだ。「だって、かっこ悪いじゃないですか。虫相手に罠を仕掛けるなんて。なんだか都会的な感じもして、性に合わなかったんです」と笑った。

カブトムシやクワガタがいそうな場所を見つけると、ついつい見てしまう池田さん

ちなみにこの場所を地元の子供たちは“スイギュウ山”と呼んでいたのだという。スイギュウとはノコギリクワガタの呼び名で、とりわけ大きなノコギリクワガタがそう呼ばれていた。そういった大きなサイズが、この場所で捕まえられたのだ。

「当時、周囲に何があったのか。そういった風景は全然覚えていないですね。極端に言うと、自分が対峙した木のことだけしか記憶にないです。1日に20匹捕れたこともあるというような思い出はしっかり憶えているんですけどね」

この“スイギュウ山”へは、元々、父親に連れられてやって来たのだと池田は教えてくれた。生まれも育ちもこの場所だったという池田の父は、昔からこの土地のことを知っている地元の先輩であり、遊びの達人でもあった。

「父は小学校の先生だったんです。いつも生徒たちと仲良くしている姿を見て、子供ながらに人気者の父が誇らしくもありました」

大好きな父親と一緒にでかけ、いろいろなことを教えてもらうのは、本当に楽しかったと池田さんは何度も話してくれた

実は、スイギュウ山だけではなく、今出川も父親から教えてもらった遊び場だったそうだ。そして虫取りの極意も、釣りのイロハも、父親から受け継がれたのだと池田は微笑んだ。池田にとって父はヒーローだった。現在アメリカを拠点にして活動する池田も、そんな父の姿にならい、積極的に子供たちを外へと連れ出して遊んでいるのだという。

父との、そして友人たちとの思い出に溢れた佐賀県・多久市。現在、年に1度くらいのペースで地元に帰ってきているという池田にとって、故郷とはどんな存在なのか。

「東京で暮らしていた時と比べ、感じ方が随分と変わりましたね。東京と佐賀だと、佐賀が地元なんだという感覚がとても強かった。空も広いし、空気も美味しい。ビルは低く、電線も少ない。ただ、アメリカで暮らし始めると、東京も佐賀も同じ日本という括りになって、日本中どこの空港に飛行機が降りた時でも、ああ、地元に帰ってきたなと思うようになりました」

日本を離れることで、日本という存在が大きくなった、ということなのだろう。池田の感性は、動くことでより一層強く、多様に働く。幼少期から池田の根っこの部分は、全く変わっていない。

 

text by 山田祐一郎, editing & photographs by 堀越一孝

DATA
スイギュウ山
住所 佐賀県多久市


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池田学展 The Pen ―凝縮の宇宙―
 会期 2017(平成29)年1月20日(金曜日)~3月20日(月曜日・祝日) ※毎週月曜日は休館 (ただし3月20日は開館)
 開館時間 9:30~18:00
 場所 佐賀県立美術館 2~4号展示室
 Web http://saga-museum.jp/museum/exhibition/limited/2016/12/001467.html

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