いつでも子どもに戻れる、嬉野の味。

いつでも子どもに戻れる、嬉野の味。

column 22

庄山 陽子

March 30, 2017

温泉街。そう聞いて誰もが思い浮かべるのは、ネオンの中を浴衣姿で闊歩するおじさん達の風情であり、湯に浸かれば美肌になったり、健康になったり。ドラマではしょっちゅう殺人事件がおきたりもする、とにかくなんだか、にぎやかな場所である。

そんな歓楽的な匂いが漂う街で、生まれてから18歳まで過ごした。
街の名前は佐賀県嬉野温泉。わたしの故郷である。

この坂を下ると、街の公衆浴場がある。この界隈は暗くなるまでよく遊んだ

子どものころは、まだ下水の整備もちゃんとしていなかったせいか、捨てられた残り湯で、いたるところに湯けむりが立ちのぼっていた。街を歩けば、昼夜を問わず芸妓さんや浴衣姿の観光客とすれ違い、学校では旅芸人一座の子ども達が転入してきては3ヵ月あまりでまた転校していった。
自宅が温泉旅館を営んでいる友達と遊ぶと、帰る間際にはあたりまえのように
「今日も(温泉に)入っていかんね?」
と言われ、湯に浸かって帰ることもしょっちゅうだった。
家族で旅行を楽しむ旅館の宿泊客、まるで仕事といわんばかりに現れては恍惚の表情を浮かべる、日帰り湯に入りに来たご老人。そんな大人たちと肩を並べて湯に浸かってから家路につく小学生(わたし)。普通の街ではなかなかお目にかかれない光景だろう。

 

そんな街なので、商店街も観光色が強く、当時から名物と呼ばれるごはんを出す店や、お土産物屋は多かった。だから知人に地元でのおすすめを聞かれたら、たいていは「温泉湯豆腐」とか「嬉野茶」などと、当たり障りのない名物を教えるようにしているし、もちろんぜひ行ってもらいたい店もある。
ただ、自分自身が帰省するとまず食べたくなるもの、思い出す味は、じつは名物より、食べ慣れた普通のごはんだったりするのだ。

 

嬉野に帰ると決まって思い出す味。それは「ふじ」のお好み焼きだ。
お好み焼きは嬉野の名物でも何でもないのだけれど、我が家では「伝家の宝刀」みたいな、ここぞというときに決まって食べていたのが、ここのお好み焼きだった。
親戚が遠方から遊びに来たとき、姉が部活の試合で勝てたとき、おせちも飽きてきた三が日など、ちょっと特別なときに母が電話で注文する。しばらくすると「ふじ」のおじさんが、大きなアルミのおかもちをぶら下げて、大量のお好み焼きを運んできてくれるのだ。

「ふじ」の看板にテンションがあがってしまう

子どものころは、だいたいいつもお腹がすいていた。
現在、料理本の編集などを仕事にしているわたしは、小さいころから大変なくいしんぼうで、つねに食べもののことばかり考えていた。
わたしがもらったシュークリームを、父が知らずに食べ、あまりにくやしくて知恵熱が出たことがあるほどだ。親に服をねだった記憶はなくとも、姉と分けるおやつをこっそりごまかした記憶は何度もあった。そのためか、姉妹ではわたし一人だけが、いつもぽっちゃりしていた。

 

「ふじ」のお好み焼きは、そんなわたしの食い意地を存分に育ててくれた。
でも、今、不思議に思うのは、いつも出前だったこと。どうしてだろう。我が家は3人姉妹で、店へ行けば騒がしくて迷惑をかけてしまうと親が心配したからだったのか。一度も店へ連れて行ってもらったことはなかった。

 

なんてことを考えていたら、久々にあの味が食べたくなった。そして今度は子どものころは出前でしか食べられなかったあのお好み焼きを、焼いているおじさんの前で食べてみたい。
今回、帰省した折、わたしは初めて「ふじ」の店へ入ることにした。

8席ほどが並ぶカウンターと、お座敷のテーブルが2つ。店に入るとソースのいい香りが充満している。
子どものころの記憶では、店主はクマのように大きな、ニコニコ笑顔のおじさんだった。
なるほど、カウンターには大柄の男性が立っている。この方が、当時わたしが待ちわびていたおじさんか! いや、それにしては昔と変わらなさすぎる……。
聞いてみると、この方はおじさんの息子さんだった。

 

店主(出前のおじさん)は富永修平さん。現在カウンターにメインで立つのは息子さんだが、今日はおじさんが作ってくれた。
メニューは当時と全然変わらない! ミックスをお願いすると、すぐに鉄板で焼き始めた。

子どもの時から食べ続けていたのに、初めて見るおじさんの焼く様子

紅しょうがは上には置かず、はじめから生地に入っている(潔くて素敵)。ソースがまんべんなくかけられ、真ん中でも端っこでも、どこを食べてもお好み焼きを満喫できる(たまらなく嬉しい)。タテにヨコにと手際よくヘラで切られ、あっという間に四角い形で食べやすくなる(優しくて心に沁みる)。

途中で切ってくれているから、どこを食べても香ばしくて美味しかったんだ

さらにはおじさんの変わらない笑顔。味も、子どものころに食べた記憶のままだった。
「ソースも粉も、40年間変えとらんよ」
だからこそ、私にとってはいつでも嬉野を思い出せる味なのかもしれない。

いつもの笑顔!つられてこっちも笑顔になる

聞けば、嬉野は我が家だけでなく、出前で頼む家が多いそうだ。そういえば、友人の家もこのお好み焼きをよく出前すると話していた。

 

帰る前、出前で使っているおかもちや大皿も出して見せてくれた。そういえば、大皿に残った最後の1切れを姉に取られたっけ、こっそり皿のソースをペロッと舐めるのを親に見つかり、はしたないとすごく叱られたっけ。あのころの記憶が次々とよみがえってきた。

 

観光地や初めての地で、そこの名物や特産を食べることは外せない楽しみだ。けれど、その土地の人が愛する、別に名産でも何でもない味にあえて挑戦してみると、また違った街の魅力が見えてくる。
嬉野の「ふじ」は、間違いなく嬉野の人たちが愛してやまない、大切なお店の一つだ。

初めて持たせていただいた思い出のおかもち。このまま出前に行きたい!


text by 庄山陽子, photographs by 堀越一孝

DATA
住所 佐賀県嬉野市大字下宿乙1092-1
電話 0954-42-1444
営業時間 11:30~23:30
店休日 火曜日

http://kankou.spa-u.net/gourmet.html?id=45&cate=15

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