魅惑の「秘宝ルート」と先生の笑い声。

魅惑の「秘宝ルート」と先生の笑い声。

column 24

庄山 陽子

May 23, 2017

秘密基地や自分だけが知っている抜け道など、誰しも子どものころに一度くらいは持った記憶があるだろう。

小学生のころ、わたしには、誰にも内緒の「秘宝ルート」があった。
秘宝といっても、インディージョーンズのごとき「秘密の宝!」というほど大それたものではないが、「秘宝館」くらいの民間レベルの妖しさは、小学生ながらに感じていたのだろう。友達にさえ言えない、秘密の楽しみにしていた。
嬉野への帰省のついでに、この道も久しぶりに通ってみることにした。
嬉野のシンボルとも言える、公衆浴場の「古湯」(現在は「シーボルトの湯」という名称)。この玄関のすぐ脇には、ひっそりとうす暗い階段道がある。
公衆浴場までのにぎやかさとは対照的に、シンと静まるこの石階段は、光があまり当たらず、湿っていてすべりやすい。

小雨が降って、湿度感100%の石段。小さいころはツルツルとよくすべって転んだ

ここは、毎日通っていた書道教室と、温泉街で事務の仕事をしていた母の職場とを結ぶ、近道だった。
石段の途中には、小さな薬師如来様が祀られている。そこでいつもわたしはランドセルをおろし、「この街にも大きなデパートができますように」とか、「おこずかいが上がりますように」など、無病息災を謳う神様に、まったく筋違いなお祈りばかりしていた。

 

この道を、「秘宝ルート」と呼んでいたのには理由がある。
このあとに、わたしにとっては魅惑の“覗き部屋”があったためだ。

 

当時、石段を上りきった先には大きなキャバレーがあり、昼間は営業しておらず、清掃途中の暗い店内が、玄関から覗けるように開いていた。
昼間のキャバレー。それは小学生だったわたしにとって、未知で魅力的な場所に感じられた。
夜の喧騒が外へ漏れないよう防音設備がしっかりとしているため、ホールには昼間でも光が一切入らず、中は怖いほどの真っ暗闇。お酒やたばこの香りが充満し、赤いビロード生地の丸椅子が、ゴロンゴロンとホールじゅうに散乱しているのがかろうじてわかる。
大人の気配がするのに、誰一人いない空間。
普段は閉じられるその扉が開いているのを見つけると、こっそり覗いては、むせ返るようなその匂いや雰囲気に圧倒された。それでも怖いもの見たさで、目が離せなかった記憶がある。
石階段をのぼるのは、カビくさくて薄暗くてなんだか怖い。薬師如来様もいつまでたってもお願いを叶えてくれない。
この道より、お土産屋や旅館でにぎわう大通りを通ったほうがよっぽど楽しいのだけれど、どうにもこうにも、この「小学生のキャバレー通い」がやめられず、いつも石段をあがって、こっそりと店内を覗いてから、母に会いに行くのが日課になっていた。

いまもひっそりと、この石段や建物はあったが、店はなくなっている様子。あのころのように、覗けなくて残念だ。石段も、昔ほど怖くも暗くもなくなった印象なのは、わたしが大人になったからなのか。薬師如来様も、すごく優しいお顔に感じられた。

薬師如来様。この佇まいは今も変わらない

この石段を下った先にある、長年通った書道教室にも立ち寄った。
「相川書道塾」は、わたしが教えていただいた相川のり子先生が、現在も指導されている。常に笑顔で快活で、教室中に先生の笑い声がいつも響き、太陽のように明るい方だが、叱られるときは、親や学校の先生より数倍怖かった。
訪ねてみると、当時とまったく変わらない笑顔で出迎えてもらえた。

薬師如来様と同じく、おそろしいほど昔と変わらない相川先生

教室へは、保育園児のころから、中学で部活動が忙しくなるまで、10年ほど毎日通った。
「あら、いつ帰ってきたと? たまには顔を見せに来んしゃいね」
あったかい言葉で、たちまち子どものころの自分に戻ってしまう。

大好きな相川先生は、今日もずっと笑顔だった

教室では姉たちもずっとお世話になっていて、両親が共働きだった我が家にとって、ここは母の仕事が終わるまでの大切な居場所でもあった。
相川先生には、書道はもちろん、善悪の分別や人との接し方など、生き方の大切な部分を教えてもらえた。
いまも多くの生徒にとって、この教室や相川先生が、第二の家であり第二の学校なのだろうな。そんなことを考えていると、先生の変わらない笑顔が嬉しくなった。

text by 庄山陽子, photographs by 堀越一孝

DATA
嬉野温泉公衆浴場「シーボルトの湯」
住所 佐賀県嬉野市大字下宿乙818-2
電話 0954-43-1426
営業時間 6:00~22:00(入場は21:30まで)
店休日 第3水曜日
http://www.city.ureshino.lg.jp/sightseeing_culture/458.html

「相川書道塾」
佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿乙858
0954-42-0369

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