『巨石パーク』との出会いと、謎を探る僕(前編)

『巨石パーク』との出会いと、謎を探る僕(前編)

column 25

馬場 正尊

June 05, 2017

「巨石パーク」というちょっと力の抜けた名前のついた場所が気になり始めたのは昨年の夏だった。
家族で古湯温泉に向かう途中、ちょうど昼飯時だったので川沿いのうどん屋に立ち寄った。店内に入り、何気なく壁に数枚並んで貼られている写真に目を向けると、そこには不思議な形をした雲が写っている。円盤のようなものや、龍のようなものもある。写真に添えられている説明文を読むと「この裏山の上には不思議な形の雲が出現します」と書いてある。
メニューを持ってきてくれたおかみさんに「ユニークな形の雲ですね。よく出るんですか?」と軽い気持ちで尋ねてみると、テーブルを拭きながら、「そうなのよー。おまけに裏山には大きな石がゴロゴロしていて、ちょっと不思議なのよ」と、いろいろ教えてくれた。彼女から得た情報はこんな感じだ。
裏山は「巨石パーク」という散策路になっていること。そこには巨大な石が自然に積み上げられている場所が複数あること。その積まれ方はおよそ自然にできたものとは思えないし、だからといって人が動かせる大きさではないこと。一部の人の間ではパワースポットと呼ばれ、時々それを目当てに訪れる人もいるらしい。
この手の話にあまり興味のない僕は淡々と聞いていたのだけど、そこに好奇心のアンテナが立ってしまったのは隣に座っていた嫁だった。理系で論理的なことしか信じない僕と違って、嫁は「陰陽師」の漫画などを読みあさったりして、このようなちょっと神秘主義的なエピソードに目がないのだ。

「巨石パーク、行ってみたい」と嫁が言い出した。

マジか・・・と思ったが、まだ宿のチェックインまでには時間があるし、山登りで軽い汗をかいた後に、ぬるめの古湯温泉に入るのは、ちょっと気持ちがいいだろう。山の散策は嫁のダイエットにもちょうどいい。小学生の息子も退屈をし始めていたことだし、とりあえず「巨石パーク」とやらに向かうことになった。

パッと見ただけでは何があるのか分からない異様な雰囲気を漂わせる入口

「巨石パーク」と言うネーミングはテーマパークのような風景を想像させるが、実際はただ石が転がっているだけのようだ。入口の看板もちょっと間抜けで、僕たちは完全になめてしまっていた。
駐車場の横に小さな小屋のような空間があって地図やパンフレットが無造作に置いてある。散策ルートはいくつかあるようで、本格的に歩くと2時間以上かかるようだった。僕らは1時間弱で戻ってこれるマイルドなコースを歩くことにした。その時はまだ、軽い散歩のような気持ちだった。

巨石パーク管理棟には、気になる新聞の切り抜きなどがたくさん貼ってある

木立の中を入っていくと、そこにはきれいなせせらぎが流れていた。石と石の間を涼しげに水が流れていく。触ってみると気持ちがいい。
水の流れをまたぎながら、しばらく登っていくと目の前に小さな滝が姿を現した。水が落ちるところに柄杓が置いてあり、そこが清めの場所のようになっている。その滝が天然なのか、人為的に作られたのかはわからなかったが、入山の儀式にはちょうどいいしつらえだった。
僕らはそこで、冷たくてきれいな水で手を清めた。

柄杓が並べられ、入山者は皆ここでお清めをするようだ

そこから傾斜が急になり、若干登山の様相を呈し始めると、空気の質感が突然変化した。夏の暑さがすっと和らいで、少しひんやりとした緊張感のある空気が体を包み始めたような気がした。気のせいなのかもしれないが、何か結界のようなものを抜けたような感覚があった。
この頃から、ただの登山コースではないんじゃないかという予感がし始めていたのは確かだ。

神々しい光が射し、ただの山とは違う空気を感じた

それは突然、視界に飛び込んできた。巨大な石が斜面から突き出すように、頭の上に覆い被さってくる。それは今にも斜面を転がっていきそうだ。
「どうやって、支えられているのだろう?」
そのアンバランスに激しい違和感を覚えた。

斜面に突き出し、どこが支えになっているのか理解できない巨石

巨石の足元に近寄ってみた。複数の石が積み上げられ、絶妙なバランスで均衡を保っている。いや、正直に言うと均衡を保っているようには見えなかった。どう考えてもバランスを欠いていて、普通ならばあっという間に転げて落ちてしまいそうだ。
建築が専門なはずなので、構造力学で学んだことを必死で思い出しながら、巨大な石の重心を頭の中で探そうとした。上の石と、下の石の重心が揃っていれば、一見アンバランスに見えてもそれらはバランスを保って安定する。
しかし、どう見ても、どう考えてもこの不自然な石の、そしてこの風景自体の謎は解けない。

そもそも石が巨大すぎる。現代の重機を用いたとしても、この山林の中でこれだけの大きさの巨石を持ち上げるのは不可能だ。ではどうやって、不安定な石の上に、絶妙にさらにでかい石が乗っかっているんだろうか?
構造力学的思考を全開にして、いろんな可能性を検証し始めた。

一方、嫁と子供は、

 

「これ、宇宙人の仕業じゃないの?」

 

と、屈託のないことを言っている。そんなことで説明がつけば、簡単だろう。二人の前では構造力学の説明など、何の意味も持たなそうだ。
巨大な石の下に潜り込む子供の姿を見て「危ないからやめなさい!」と言いかけたが、この巨石たちはおそらく何百年もこのままだし、近年の地震にもびくともしなかったわけなので、絶対安定の均衡が保たれているはずなのだ。
僕も考えるのをやめて、やっと不思議な巨石に近づいて、静かに手を触れてみた。

突き出している巨石の下を覗くと、こんなにも接地面が小さいことに再び驚く

それから山を登っていくたびに、様々な造形に組み上げられた巨石群が姿を現した。そのどれもが、とても自然にできたとは考えにくい造形、組み上げられた形をしていた。しかし、現代の技術力をもってしても、この地形でこれだけの重量の石を絶妙に積み上げていくのは不可能だろう。
しかし、見れば見るほどその造形は何か意味が込められているような気配がする。どうしても人為的に作られたものにしか見えない。

人工的としか思えないような切り口の岩などがゴロゴロしている

僕はその非論理的な風景をなんとか否定したくて、さまざまな仮説を頭の中に並べてみた。
山頂から巨石がゴロゴロと転がってきて、偶然にも絶妙のポジションで落ち着き、長年にわたり固定化された、とか。長い長い年月をかければ、その偶然は起きないとも限らない。しかし問題なのは、それが1つや2つではなくて、登山道沿いに見えるだけでも20以上存在するのだ。確率論的に、これはあり得るのだろうか??
こんなことを1人でぶつぶつ言いながら巨石を見上げていると、その横で嫁と息子は、

 

「きっと宇宙人の仕業!!」

 

と、相変わらず脳天気に物事を片付けてしまっている。腹が立つ。上記の仮説を丁寧にしてみるも、あっさり鼻であしらわれてしまった。
僕の構造力学的、自然現象的説明が宇宙人論にいとも簡単にやられてしまい、僕は無力感に打ちひしがれた。
しかし、どうしても説明ができない。

photo by 馬場正尊

<続く>

text by 馬場正尊, photographs by 堀越一孝

DATA
住所 佐賀市大和町大字梅野329-5
電話 0952-64-2818(管理棟)
営業時間 9:00~17:00
入園料 無料
店休日 年末年始を除き無休(雨天時休園)
※年末年始は12月29日から1月3日までお休みです

https://www.city.saga.lg.jp/main/845.html

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