干潮時の有明海を見に行ったら、勇気をもって一歩踏み出すといい。

干潮時の有明海を見に行ったら、勇気をもって一歩踏み出すといい。

column 01

馬場 正尊

January 11, 2016

水田地帯のど真ん中に着陸、有明海の干拓地の中にある佐賀空港。もし佐賀に飛行機で訪れようとするなら、窓際の席をお勧めしたい。着陸する直前の風景が、とても綺麗だからだ。田園地帯のど真ん中に降り立つことになる。特に田んぼに水を張ったばかりの5月ごろだと、水に空の風景が映り込み、ちょっと幻想的になる。

 

今回僕が訪れたのは夏の朝だったので、水田は緑一色。その中にクリークと呼ばれる佐賀特有の水路が走り、太陽が反射している。道路はひたすらまっすぐで、 そこにぽつりぽつりと車が走っているのが見える。

飛行機の上からみた佐賀平野と有明海。

飛行機の上からみた田園風景と有明海。

最初に連れていきたかったのが有明海だ。
僕が中学生の時、初めて見た干潮時の有明海の風景は記憶に残っている。おそらく日本のどこにもないであろうこの不思議な風景を、息子の樹にも見せたいと思っていた。

 

佐賀空港は干拓地のど真ん中にあって、そこから伸びる直線の道路は両方が水田で、まるで地平線に向かって走っているような感覚になる。佐賀に住んでいた頃の僕にとっては日常的な、そしてどちらかというとつまらない風景だったが、改めて眺めてみると実に美しい。道の横に流れるクリークには空と雲が写り込んでいる。

佐賀空港から田畑の中に伸びる一直線の道路。

佐賀空港から田畑の中に伸びる一直線の道路。

満潮時には今走ってきた地面よりも海面が高くなる。有明海の干満の差は日本最大の6メートルある。だからコンクリートの堤防は見上げる高さにそそり立っている。僕たちは有明海を見ることができない。

コンクリートの堤防に階段が切ってある場所を探して車をとめた。そして堤防の上に立って僕たちが目にする風景がこれだ。

"「潟」と呼ばれる泥の海。/

「潟」と呼ばれる泥の海。(C)馬場正尊

陸地の続きがどこまでもつながっていて、その先には水平線ではなくて地平線が見える。遮るものは一切なくて、どこまでも泥の絨毯が敷き詰められている。圧巻の風景だ。

 

満潮に向かうときには、遥か彼方からじわじわと海水がやってきて、数時間で水につかる。さすがにその一部始終を見届ける時間は無いけど、その変化をぼーっと見ているのも悪くない。

 

そんなことを考えながら海を眺めていると、隣にいた息子は一目散にその地面のような干潟の海に駆け込んでいった。

「あっっ!」

と叫んだ時にはすでに遅く、靴のままズボっと泥の中に足半分がのめり込んでいた。味わったことのない感覚に固まっている。そういえば彼にはちゃんと有明海についてのオリエンテーションをしていなかった。しかし僕としてはおいしいシーンだ。ポケットに入れていたiPhoneを取り出してすかさずシャッターを押した。

「なに、撮ってんだよ!」

両足をとられてすっかり動けなくなった姿で、なんだか悪態をついている。

 

暫く放置しているとどんどん深く足を泥に取られていくので、次第にその声は鳴き声に変わっていった。さすがに僕も救出のために泥に足を浸した。ひんやりして独特の感覚だ。足がすーっと中に埋まっていく。底無しのような感覚でちょっと怖くなる。でも気持ちがいい。なんとか樹を救出したが、僕の膝から下もどろどろになってしまった。

泥の靴下をはいたような僕の足。

泥の靴下をはいたような僕の足。

そんな時間を過ごしていると、干潟の遥か向こうから小さな点が少しずつ近づいてきているではないか。何か得体の知れないものが未知の世界からやってくるような、そんな感じだった。堤防から50メートルくらいにまで近づいてきたところで、それが人であることが分かった。

 

ムツゴロウの漁師だった。

 

まさかそんなシーンに出会えるとは夢にも思わなかった。ムツゴロウ釣りといえば僕の愛読書のひとつ『釣りキチ三平』で、糸の先についたかぎ針で器用にムツゴロウをひっかけて捕まえる「むつかけ」という独特の漁法を見たことがある。あくまでも漫画の中での話だが。僕の目の前に今その漁師がいるのだ。

"潟から現れた無愛想なムツゴロウ漁師。/

潟から現れた無愛想なムツゴロウ漁師。

漁師たちはいかにも無愛想な姿で、でも手際よく捕まえてきたムツゴロウのカゴを岸にあげる。不漁だったらしく、口々に文句を言っている。僕はその姿が珍しく、何度もシャッターを切っていたらギロッと睨まれてしまった。カゴの中にはムツゴロウが何匹も動いている。でも釣りキチ三平で見たような竿やかぎ針の姿は無い。一体どうやってムツゴロウを捕獲しているのかは謎のままだ。

 

有明海を見に行くなら干潮時をお勧めする。そこには恐ろしく何もない風景が広がっている。そして泥に素足で踏み込んでみることもちょっとだけお勧めする。それが気持ちいいか、気持ち悪いかは個人差のあるところだが。

 

こうして僕らは有明海を身体で感じていた。

 

(edit.馬場正尊 / 2015.07.24)

https://goo.gl/maps/dtxUiVRgtFm

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