心を幸せにする温泉湯どうふは<br> 笛の音色をも清らかにしてくれる。

心を幸せにする温泉湯どうふは
笛の音色をも清らかにしてくれる。

column 28

佐藤 和哉 

September 19, 2017

長い髪を後ろで束ねた佐藤の目がそれに反応し、大きくなる。同時に口角も上がる。佐藤の目の前に置かれたのは、嬉野名物の温泉湯どうふ。言葉を発しなくても、この料理が佐藤の好物であることはすぐに分かった。

温泉湯どうふをどれだけ好きなのか、蓋を開けたこの表情で全て伝わってきた

ここは、名湯を誇る名宿「和多屋別荘」の和食処「利休」。温泉湯どうふの味に定評があることで知られる。佐藤は現在、京都に暮らし、そして活動の拠点としているが、生まれは佐賀・唐津市であり、その思い出は今でも鮮明に記憶しているのだという。

「ぼくにとってご馳走といえば呼子のイカ。そして祭りといえば唐津くんち。やはり幼少期を過ごしただけあり、唐津の思い出はいろいろとあるのですが、18歳で上京したため、同じ佐賀県でも行ったことのない地域も多いんです。嬉野もその一つでした」

そんな中、2015年3月、佐賀県嬉野市での演奏会が決まった。そして夕食時、佐藤の運命を大きく変える出来事が起こった。やや表現はオーバーかもしれないが、あながち過言であるともいえない。

「“見ただけで美味しい料理”ってそうそう出合えないと思います。温泉湯どうふはまさにそんな料理なんです。ほら、見てください、すべての角がまあるく、口にしなくても、もう口の中がトロトロを想像して気持ち良くなるんです。色も温かみのある乳白色で、なんだか人懐っこいですし。口にすると大豆の豊かな甘み、旨みがすーっと鼻腔を抜けていって、やさしくて心から幸せを感じます」

嬉野温泉湯豆腐は、ゆっくりゆっくりと温泉成分に溶かされて丸くなる。お鍋の中が刻一刻と変化するのも魅力的

「利休」の温泉湯どうふに舌鼓を打ちながらも饒舌な佐藤。実は初めて温泉湯どうふを食べた時に感動し、それ以来、お取り寄せして自宅でも楽しんでいるのだというから筋金入りだ。ちなみに、佐藤は豆腐本来の味を堪能すべく、タレをかけずにそのまま食べることもある。

「お取り寄せした湯どうふは家族で食べますが、友人らを自宅に招いて振る舞った際にも大絶賛でした。食についても一家言ある方が多い京都の友人たちを唸らせるんですから、本物ですよね」

大好きな料理を前に、本当に嬉しそうに話してくれる佐藤

「ちなみに湯どうふに使う豆腐は、北海道から九州まで、全国各地から取り寄せてみました。相性が良かったのは佐賀と同じ九州の熊本産の豆腐でしたね。ちなみにいつでも温泉湯どうふができるよう、常時、一定数の豆腐を自宅にストックしているんです」

いつまででも話せるといった具合に、次から次へと湯どうふエピソードが出てくる佐藤。聞けば、篠笛奏者として活動する上でも、豆腐は欠かせない存在だという。

「演奏の場に立つ前は体調管理のため、食事制限をしています。基本的に肉は摂りません。豆腐は良質なタンパク質が豊富ですし、湯どうふはもちろん、冷奴のようなシンプルなものからチャンプルーのような料理まで、いろいろとアレンジできます。食べると体がキレイになるような感覚があるんです。清らかになると言ったら良いんでしょうか。演奏の音も清らかになる気がしています」

体に入れるものも暮らす場所も、全ては演奏のため

篠笛自体がとてもシンプルな楽器である。佐藤の言わんとするのは、そんな楽器だからこそ、自身の心、そして状態がストレートに出るため、特に気を遣っているということなのだろう。

「東京から京都へと移住したのも、自身を良い状態に保つためという意味合いが強いんです。京都には近くに自然、そして脈々と受け継がれてきた文化があります。季節の移ろいに敏感になりますし、日々の中で圧倒的な伝統に畏怖を感じる。そのような場所に身を置くことは、作品づくりにも良い影響をもたらします。それにしても昔の人々は粋ですよね。例えば我が家のお隣にある和菓子屋さん一つとっても、季節によって様々な趣向を凝らし、五感を大いに愉しませてくれます。自分自身もそういう奏者でありたいですね」

佐藤の響かせる篠笛の音色は、こうした生き方が表現されている

佐藤は、湯どうふにも季節の野菜を合わせて味わうのだという。このように話しながらも、佐藤の手は止まらない。豆腐を丁寧にすくい、崩れないように細心の注意を払って食べる姿は、凛としていて、一口一口、食材と向き合っているかのようだった。

「嬉野市は2016年1月で市制施行10周年を迎えました。そのような節目に嬉野市曲を制作させていただいたんです。曲づくりのために滞在していた期間、いくつかのお店で温泉湯どうふを食べました。それぞれに違った表情があり、それが楽しい。昼も夜もしっかり堪能させていただきました」

次回はそんな嬉野市曲の誕生エピソードに迫るべく、佐藤とともに「立岩展望台」を訪れる。

 

text by 山田祐一郎, editing & photographs by 堀越一孝

DATA
和食処 利休(和多屋別荘内)
住所 佐賀県嬉野市嬉野町下宿乙738
営業 11:00~15:00(LO14:00)、17:00~22:00(LO21:00)
定休 火曜

http://www.wataya.co.jp/

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