僕が、佐賀の日常を探す旅に出た理由。

僕が、佐賀の日常を探す旅に出た理由。

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馬場 正尊

January 10, 2016

僕は佐賀県伊万里市生まれ。

実家は商店街のタバコ屋だったが父親は転勤の多いサラリーマンで、小学校の時は西九州を転々と引っ越して回った。その後中学と高校、まさに青春時代を佐賀市で過ごした。時は80年代中期、日本がバブルの狂乱に突入しようとしていたころだ。

 

そんな時代、僕は田んぼの中の畦道を自転車で通学した。テレビで見る華やかな都会や、当時流行っていたMTVを観て海外の音楽に憧れたりしていた、どこにでもいる普通の中高生だった。田んぼと水路の世界から、もっと外の世界に飛び出したいと思っていた。それはあの時代の普通の中高生の感覚だったと思う。その後大学入学のために初めて上京し、それから30年が経とうとしている。そして最近、仕事で再び佐賀に通うようになった。

 

そんなある日、長崎本線に乗って佐賀から有田に向かう列車の窓をぼんやり眺めていた。水が張られた田んぼに、まさに夕陽が沈もうとしている瞬間だった。オレンジの光が鏡のような田んぼの水に反射し、なんとも言えない幻想的な美しさだった。

あの頃は毎日見ていたどうでもいい風景のはずだった。典型的な田舎の風景を疎ましくさえ思ったことがあった。でもその風景は圧倒的に美しかった。

 

それからしばらく、僕は中高生時代の記憶を辿った。

ママチャリに乗って竿を抱え、大物の雷魚やブラックバスを追いかけていた。

部活のランニング中、誰かが暑いと川に飛び込んだのをきっかけに、全員がダイブしたこともあった。

友達とふざけながら畦道を自転車で走っていて田んぼに落ちて泥だらけになった。

一休軒の全部入りラーメンは、最高級の食べ物だった。店の外まで漂ってくるとんこつスープの匂いは、前を自転車で通る僕らの胃袋を刺激した。またあれを食べたい。

 

佐賀の魅力は日常の中にこそある。

僕はそれを再確認、いや再発見するたびに記憶の旅に出ようと思い立った。50歳前の男がひとりでそんな感傷を胸にさまようのはさすがに気持ちが悪いので、僕の好きな映画『パリ・テキサス』を真似て、10歳の息子を連れて行くことにした。僕が見ていた風景を都会育ちの彼と共有したいと思ったのかもしれない。

 

そして僕は、佐賀の日常を探す旅に出た。

 

(edit.馬場正尊)

 

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