ぼくに美しさを奏でる世界を教えてくれたのは、海だった

ぼくに美しさを奏でる世界を教えてくれたのは、海だった

column 13

佐藤 和哉

September 30, 2016

「唐津に生まれなければ、間違いなく笛は吹いていませんよ」

 

髪を後ろでひとつにまとめ上げ、美しい青の出で立ちをした青年は、清々しく答えてくれた。

 

青年は、つい先日9月21日にメジャーデビューを果たしたばかりの篠笛奏者の佐藤和哉氏だ。

2014年には、日本レコード大賞にて、自身が作曲に携わりNHK 朝ドラで人気となった「雨のち晴レルヤ」が「優秀作品賞」を受賞。昨年には、佐賀県嬉野市の曲「ふるさとの空よ」の作詞作曲を手掛け、1日に3回、時報サイレンと共に流れる嬉野市民には馴染み深い存在だ。

 

佐藤の言葉を聞き、さっそく唐津に向かった。

 

「その土地に行ったら、なるべくその土地の神社にお参りに行きます。それは礼儀だと思っていますし、土地の歴史を知ることができますから」

 

穏やかに、真っ直ぐな答えを返してくれる佐藤は、現代の若者とは異なる空気をまとっている。まるで物語の主人公のようだ。

 

どうしたらこんなに美しい青年が育つのか。ますます幼少時代を過ごした唐津に到着するのが楽しみになった。

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魚市場の上空には、風に乗ったトンビが気持ち良さそうに翻っていた

今もご両親が暮らす彼の実家は、唐津中心地から車で10分ほどの大きな魚市場のすぐそばにある。

魚市場に到着すると、辺りは魚と海の濃厚な匂い。隣の佐藤は、なんとも懐かしそうな目を海に向け、笑顔で話し始めた。

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見慣れた海を眺め、佐藤の表情は自然と柔らかくなっていった

 

「毎日ここを通り抜けていました。通るたびお土産(魚介類)をもらっちゃうから、食材には困らなかったですね」

 

魚市場を通り抜け、実家までまっすぐ伸びる通い慣れた海岸添いの道を、時折海に落ちそうなほど覗き込みながら無邪気に歩く。たまに上空を翻すトンビの姿が佐藤に寄り添うようで、なんとも美しい。

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「ここを毎日歩いていたな〜」と、我々をハラハラさせて戯ける佐藤

 

「この辺は、友達の家がなかったので、毎日一人でしたね。そして、夕焼けの波のきらめきを毎日のように見ていました。『なんでこやんキラキラしちょっやろ』とつかまえようとするけれど、つかめない。不思議ですよね〜」

 

実家が近づくにつれ、佐藤がどんどん子供の頃に戻っていってるようだった。

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佐藤が歩くと、どこも映画のワンシーンのようだ

紹介された実家は、裏からわずか3メートルで船着き場という嘘みたいな場所にあった。海を前にした佐藤と家の佇まいがあまりにマッチしていて話が上手すぎると感じるほどだ。

 

「橋桁の板と板の合間から海を見下ろすと、ヒトデとかウニとかいっぱい見えて、何時間でもそこにいましたね。まわりから見たら変な少年ですよ。ずっとへばりついていましたもん。」

 

『お母さん!お母さん!なんかおるー!』

 

『お父さんお父さん!今日帰りにこやん(こんな)太か(大きい)魚泳ぎよったよ!』

 

幼い頃の自分の方言を再現してくれる佐藤。こんな言い方は失礼だがなんとも可愛い。こりゃ、誰にでも愛されるわけだ。

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いつもの場所で、子供の頃に戻ったかのような佐藤

海が子供を飽きさせないことは、子育てをしてきた私も知っている。家族で海に出かけることは都会暮らしの私たちにとっては非日常で、何ヶ月も前から計画をたてないと実現しない。それほどまでに「海」は特別なものだ。

 

息子が幼い頃、部屋遊びではすぐに飽きて、次は公園、次はスーパーのオモチャ売り場、と転々と移動しなければ間が持たなかった頃、年に一度の海辺で過ごす1日は何時間いようが一言も「帰りたい」と言いださなかったことに驚いた記憶がある。砂遊びと波に触れてるだけなのに、それまで見たことないようなキラキラ輝く瞳を何時間も見せてくれた。

 

それを日常として育ってきた佐藤。外見だけではなく、内面からも自然と美しさが溢れ出すのも納得だ。

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この笑顔は、きっと昔から変わっていない

(text by 鈴木暁子, photographs by 堀越一孝)

DATA
住所 唐津市大島

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