『石』の研究者 吉川宗明さんに巨石パークのことを聞いてみた!(前編)

『石』の研究者 吉川宗明さんに巨石パークのことを聞いてみた!(前編)

column 26

堀越 一孝

October 26, 2017

巨石パークの謎を解く!という特集を組んだからには、少しは“石”のことを知らなくてはならないと思い、手始めにインターネットで「石」と検索してみた。検索結果は地質学的なもの、パワースポット(観光地)、パワーストーン、四角い石を一万回蹴ってみた検証、ゲームのアイテムなどなど…とにかくたくさん出てきた。“石”と一言で言っても、たくさんの見方がある。

巨石パークは、登山口に入ってすぐ手水舎のような小さな滝があったり、しめ縄のある巨石があったり、個人的には信仰対象の場なのではないかと思っていた。
そこで、検索ワード「石」に加えて「信仰」、ゆっくりと読みたいから「本」と入れてみた。すると、『岩石を信仰していた日本人』というなんとも興味深いタイトルの本が出てきた。早速本を購入して読んでみると、そこには日本全国の“石”をフィールドワークした現場のことや先行研究のこと、岩石信仰の種類など広範囲に関する著者の考察が書かれていた。そのため、石の教科書というよりも、著者の考えや思いが読者に投げかけられているような一風変わった本に感じた。そして、少しだけ巨石パークに関わることも書かれていた。

どんな人が書いたのかな?と思いプロフィールを見てみると、なんと1983年生まれ。自分よりも年下!偏見だけれど、こういう本は年配で白髪の博士的な人が書いていると思っていたので驚いた。そして、巨石パークを通り越して、この著者の吉川宗明さんが気になってしまい、無謀にも吉川さんに連絡を取ることに・・・と、前置きが長くなってしまいましたが、その『岩石を信仰していた日本人』の著者吉川宗明さんにお会いし、巨石パークのことや“石”のことを聞いてみました!

どんな人が来るのかなーと、そわそわしながら某珈琲店で吉川さんを待つ。再びの偏見だが20代であのような本を書くということは、きっと相当真面目な人だ。何も話してくれなかったらどうしよう・・・と、勝手な妄想を繰り広げている時に、なんとも好青年の吉川さんが現れた。

いい意味で予想外!にこやかに登場された吉川さん

−編集H
今日は、お会いいただきありがとうございます。
−吉川さん
いえいえ。こちらこそご連絡いただきありがとうございます。
早速ですが、巨石パークってご存知ですか?
もちろんです!石の業界では有名ですから。2007年のゴールデンウィークに私も一度だけ行ったことがあります。今日は、その時のレポートも持ってきたんですよ。あと、今日お話ししようと思うメモ書きも。
ありがとうございます!では、このメモ書きも参考にさせていただきながら、お話を聞かせてください。

吉川さんが巨石パークに訪れた際作成された考察資料

『肥前国風土記と巨石パーク』

 

巨石パークも含め“石”を調べるというのは、どうやってアプローチするものなのでしょうか?
石には、人がいろんな使い方をしてきた歴史があります。私は、子どもの頃から怪しげなB級スポットやオカルト系の歴史が好きでした。その中に、ストーンヘンジやピラミッド、モアイ像など、昔あった文明の名残と語られる巨石文明もありました。でも、そのネタがあやしげに語られる時の根拠については、昔から論理的じゃないと疑問を持っていたんです。歴史に尾ヒレがついてしまった石たちがかわいそう。本当の石の歴史は何だったんだろう?そんな好奇心から石の研究を始めました。
「石がかわいそう」という感覚が面白いですね。石の研究とは、具体的にどのようなことですか?
歴史の調べ方には主に3つのアプローチ方法があります。
① 文献や古文書のリサーチ
② 考古学的に土の中からでてくるものより歴史を読み解く
③ 民俗学的に伝説や民話などを人に聞いていく
石と人との歴史をなるべく深く探りたいなら②だと思います。なぜなら、縄文時代に文字はないから①では解けない。古代人がすでに誰も生きていないから③は難しい。捏造がなければ②を信じることが一番なのではと思って、大学も考古学があるところを選びました。
大学も“石”が基準だったのですね?
はい。どうやって“石”にアプローチしていこうかな?から決めました。そして『岩石を信仰していた日本人』についても、こういう石の本がなかったから自分が読みたい本を書いたんです。
え?どういうことですか?
地学や岩石鉱物学、パワースポットのガイドブックはあるけれど、石を歴史学的に書いてある本がなかったんですよ。だからこんな本があったら良いな〜と思って、本を書きました。そして、石の歴史にもっと多くの人が関わってくれたら!と思って。
だから、ちょっと読者に投げかけるような感じの本だったんですね。
実は“石”の研究者ってあまりいないというか、石をモチーフにしていても、みんな研究の仕方やモノの見方がバラバラなんですよ。“石”は狭間の世界なので。
狭間?
石を古代の祭り、宗教、まじないなど宗教学的・哲学的・心理学的な題材として扱う人もいれば、歴史学の方法で考える人もいます。そもそも、石そのものは鉱物学や地質学で扱われるものだし、文化財になった石や人工的に組まれた石しか取りあげない人もいたりと、石はいつも何かの学問と何かの学問の狭間。石って意外と中心にしにくいんです。
なるほど〜。そんな石が主役の巨石パークですが、歴史的にはどういったものだと吉川さんは考えますか?
奈良時代初期に編纂された肥前国(現在の佐賀県・長崎県)風土記にこの巨石パークこと下田の石神群が登場します。おそらく、文献として巨石パークが出てくるのは、この肥前国風土記が初めてではないかと思います。
『此の川上に石神あり、名を世田姫という。』の一文、これは巨石パークのことで間違い無いと思います。これは、奈良時代から下田の石神群は国が記録すべきものと考えており、さがにとって重要なものだったということが分かります。
そして、『石神』という記述から、信仰対象であったと考えます。

文字で残った歴史としては国内最古級の『風土記』。もちろん吉川さんの私物

著書(P82)にも各地の石神やこの肥前国風土記のことが書かれていますが、巨石パークと他の地域の違いなどはありますか?
『世田姫』と石神に固有名詞がついているものは下田の石神群だけです。この固有名詞があるというところが面白くて、元々は名もなき自然崇拝だったものが、日本神話に出てくるような人物神になった、そんな移行期に位置する神だと考えます。九州はヤマト王権の影響が強かったので、他の地域を先駆けて名もなき神から一歩進むのが早かったのでないでしょうか。
そもそも、石神とは何なのでしょう?
石神は、女神の性格があるとか、水神と関連が深いとか、山神の象徴的な姿であるとかいわれることがあります。ただ、そのうちのどれかというわけではないんです。下田の石神群だったら、風土記に“川を大切にする”との記述があることから水神とも考えられますし、亀裂やくぼみのある巨石もあるため女神かもしれません。また、昔はあの一帯が神様の住む山神として祀られていたかもしれません。そのため、下田の石神群は、これらの複合系で考えられないかと個人的には思っています。女神の側面もあり、水神の側面も、そして山神としても。
石の歴史を解くというのは、難しいことですね。
そうですね。そもそも、“石神”という風土記の記述だけでは、石神の対象もわかりません。石そのものだったのか、ひとつの石なのか複数なのか、巨石群をまとめてなのか、山全体なのか・・・。
石にも序列があって、他国の風土記には大石神、小石神など神様にも大小があったことが書かれています。でも、巨石パークの石はどれも大きいですね(笑)

歴史的にも大切と考えられていた巨石パークこと下田の石神群『世田姫』。
では、その石神群を訪れた時、吉川さんはどう感じたのか、次回は吉川さんが感じた巨石パークの謎についてお聞きします!お楽しみに。

続く

 

illustrations by ほりこしみき,text & editing & photographs by 堀越一孝

 

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吉川宗明さんのホームページ『石神・磐座・磐境・奇岩・巨石と呼ばれるものの研究』はこちら
http://megalithmury.blogspot.jp/

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