『石』の研究者 吉川宗明さんに巨石パークのことを聞いてみた!(後編)

『石』の研究者 吉川宗明さんに巨石パークのことを聞いてみた!(後編)

column 27

堀越 一孝

November 01, 2017

前回、肥前国風土記に書かれている巨石パークのことなど、“石”を調査する時のアプローチ方法などについてお話しいただいた『岩石を信仰していた日本人』の著者 吉川宗明さん。今回は、実際に巨石パークを訪れた時のことをお聞きします。

『岩石を信仰していた日本人』の著者 吉川宗明さん

–編集H
2007年に巨石パークに行かれた時、どうでしたか?
–吉川さん
非常に面白かったですね。あのたくさんある巨石のひとつを他の地域に持って行ったら、それぞれ主役となり得るような魅力的なものばかりです。なんであんなに集まっているのかも含め、興味深い場所でした。
やはり、専門家が見ても珍しい場所なんですね。
はい。似たような場所を挙げろと言われても、難しいくらいです。私は地学の専門家ではありませんが、成り立ちとしては、柔らかな地質の土が飛ばされて山が削られ、硬い部分だけが残った風化によるものではないかと考えます。
なるほど。今までどうやって石が重なったのか?乗っかったのか?乗せたのか?ばかり考えていて、風化とは考えませんでした。
確実にそうとは言えませんけどね。自然か人工か、またはその間の一部加工した場所か、それは、しっかりとした調査をしてみなくてはわかりません。
ところで、私が行った時、特に気になったのは『名前』と『紹介文』です。
名前?石のですか?
はい。巨石パークの石には、それぞれ名前がつけられていますよね?私は十数年色々な石を見てきましたが、名前と紹介看板に違和感を感じました。
具体的にはどのようなところでしょうか?
言い方が適切かわかりませんが、一般的な書き方とは違う書き方がされていると感じました。
例えば、『神頭石』という名前も、ここでしか見たことがありません。看板には「神様の頭に形が似ている岩石」「ずっと見つめていると自分の先祖の顔が浮かんでくる岩石」と紹介されています。でも、神様の頭ってどんな形?先祖の顔を思い出せる?ここ以外でこういう発想で名前をつけているところに出会ったことがないんです。
言われてみると、確かに無理があるような・・・。こういった石の紹介文は誰が書くものなのですか?
千差万別なので明確には言えません。建てた人が誰なのか?何のために建てたのか?にもよります。ただ、巨石パークに限って言えば、これらの名前は戦前につけられたものではないかと個人的には考えます。
「武将の肉体は滅びても兜と大和魂を今も残している」という兜石の紹介に書かれている“大和魂”という言葉、この言葉を使っていた時代は限定的で、戦前ではないかと考えます。そうやって考えていくと石の歴史よりもなんだか名付けた人の主張を感じるんです。
なるほど。確かに石を誰かに見てもらおうという意図を感じますね。

吉川さんの巨石パーク訪問レポート。それぞれの石に対して率直な感想が書かれていた

実は、大正時代から昭和初期に『日本には偉大な巨石文化がある!』というムーブメントが起こり、一般の人も巨石を見つけたら巨石文化発見!みたいな流れがあったようなんです。下田の石神群も町おこし的に町の遺産として使われたのではないでしょうか。
そういう記録って残っていないんですかね?
戦前につけられたことが確かなら、村長さんの日誌や自治体でまとめた記録とかに記載があるといいですよね。たまに記録としてそういうものに残っていることがあります。
この『名前』というのは、石の歴史を探る上で重要なんです。記録に残してくれていないと、もう辿れなくなってしまう。でも、石の記録って難しいんです。市史や町史、郷土史で扱う際、石をどの欄で取り上げるのか?史跡名所?民話?祭?その取り扱いが難しくて記録からこぼれてしまうこともあるんです。
どこにいっても石は狭間の存在なのですね。
はい。下田の石神群は先程お話しした通り、信仰の対象であることは間違いないと思うのですが、考古学的には聖地としての証拠が今はないんですよね。
聖地としての証拠とは?
お会いする前に軽く調べたぐらいなので正確でないかもしれませんが、インターネットで行政の調査した遺跡地図を見てみると、それを見る限りでは古墳時代以前からの祭祀に関わりそうな遺跡が、巨石パーク周辺にはないんです。ただ、『今の時点で』ないというだけです。考古学は、発見したら結論の変わる学問なので、あくまで『今の時点で』ですが。巨石パーク内を調査したらあっという間に出てくるかもしれません。
そう考えるとワクワクする学問ですね。徳川埋蔵金みたいだ(笑)

巨石パーク周辺の遺跡地図。眺めるだけでも面白いので、是非ご覧になってみてください(佐賀県遺跡地図: http://www.pref.saga.lg.jp/kiji0031880/index.html

昔の信仰や遺跡のことは文字で残っていないことが多いんです。地元の人が語り継いでくれているかどうかが重要です。石を調べていると郷土資料にほとんど載っていないことに気付かされます。地元の人に聞かなくてはわからないことばかりなんです。
それこそ、これからの時代大変かもしれませんね。
そうなんです。少子高齢化は石にとっても大きな問題。個人単位で祀っている石も全国には多いので、その人がいなくなると全然わからないものになってしまいます。これから正体不明の石や祠が増えていくと思います。
だから、先程言った『名前』というのはとっても重要なんです。これが上塗りされてしまうと、もう戻れない。それもひとつの歴史ですが、今までの歴史を無にしてしまう危険性があります。
自分では語ることができない石だからこそ『名前』は大切なんですね。
巨石パークにも何層もの歴史があったと思います。戦前の巨石ブームだったり、地元の祭礼があったり、奈良時代の風土記への記録であったり。では、その巨石群のどこを大切にして、打ち出していくか?
昔は、祀る場所で今は観光の場所。私はどれも石が通ってきた歴史なので、それを見届けるだけです。だから、私が前に出て『巨石パークはこういうものです!』というのは違うと思っています。スタンスとして、どの歴史もありだと思っています。だから、このさがごこちでみなさんがどう解明されるかも楽しみです!忘れ去られるよりも、何かしら注目される方が石も嬉しいと思いますので。
吉川さんの石に対するフラットな見方が本当に面白いですね。
これからは、歴史だけではなく地質や構造などの理系の方にも関わってもらうと面白いかもしれませんね。地元の人にも期待したいです。どうやって巨石パークを扱っていくかなど、多様な観点から探ることで、未来の巨石パークが見えてくるのかもしれません。
これからの展開までアドバイスいただき、ありがとうございました!
いえ、これからを楽しみにしています!

 

終わり

 

illustrations by ほりこしみき,text & editing & photographs by 堀越一孝

 

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吉川宗明さんのホームページ『石神・磐座・磐境・奇岩・巨石と呼ばれるものの研究』はこちら
http://megalithmury.blogspot.jp/

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