嬉野に似合う音を探し求め 訪れた絶景の展望台。

嬉野に似合う音を探し求め 訪れた絶景の展望台。

column 29

佐藤 和哉 

November 16, 2017

車を降りた佐藤は、大きく息を吸い込んだ。やがて、すたすたと展望台のほうに足を進めていく。その歩みはいかにも慣れた様子だった。

嬉野の温泉街から山手へ15分程あがった場所に、この「立岩展望台」はある。佐藤は市制施行10周年を迎える嬉野市の市曲の作るため嬉野へと頻繁に訪れ、その時間の多くをここに滞在し過ごした。
市曲を創作するにあたり、佐藤が第一に考えたのは、単純に良い曲を生み出すことではない。もちろん素晴らしい曲であると共に、“嬉野市に似合う”メロディーであることを大切にした。

初めて嬉野を訪れた際、佐藤はこの街の昔ながらの温泉街の風景がすっかり気に入ったのだという。「この街が一望できる場所はありませんか」という問いに対し、市長はこの場所のことを教えてくれた。
立岩展望台は海抜345mで、嬉野の温泉街が眼下に広がる絶好のロケーション。晴天時には彼方に有明海が望め、夜景の名所としても有名だ。とりわけ佐藤が気に入っているのが、夕暮れの頃だという。

この日はあいにくの天気だったが、霞に包まれた幻想的な嬉野の街を一望することができた

「日が沈んでから15分くらいの間、何とも言えない幻想的な美しさが続くんです。山が折り重なり、その山の間に日が落ちていく。その様子を眺めている時間が、とても贅沢でした」

流れる雲。その合間から放射状に広がる太陽の光。一面の空は刻一刻とその色を青から赤、そして黒へと変えていく。そんな移ろいを愛する一方で、朝の風景も良いのだと、佐藤は続けた。

「だんだんと辺りが白んでいく中、ちょうど新茶の頃だったこともあり、朝日を受けた新芽が、その朝露をまとった姿をきらりと光らせ、それが何とも言えない幻想的な光景でした。また、白んでいく前の、霞に包まれた茶畑もうっとりとさせる美があります。この霞に包まれた茶畑の様子は、曲の冒頭にぴったりだと思い、意識してメロディーを作っています」

身振り手振りを交えながら、佐藤は頭の中に広がっている光景を説明してくれた

曲の頭が決まると、そこから想像が膨らむ。例えば、もしここに自分が住んでいたら、この景色をどのように感じるだろうか。そんなことを考えながら、麓の街を実際に歩いてみる。そして、イメージを重ねていく。
「この街で生まれ育った人と僕とでは、同じ景色でも感じ方が違ってくると思うんです。彼らの目にはどう映るのだろうか。どう感じるのだろうか。ここが自分の故郷なんだと、境遇を置き換えてみました。そうやって自分をこの街にポーンとおいてみて、そんな自分を客観視し、時に主観視し、想像を広げていく。その上で、見えてきた景色のバックに、どんなBGMが似合うのだろうと再び思考を深めていきました」。

曲を作るにあたって、佐藤は常に自分自身と向き合う。

「自分と曲しかないという状態で臨みます。その間には何もない。ゼロなんです。今回のように嬉野という具体的な場所があれば、無の状態でその地に身を投じてみる。そこでじっと見ること、観察することで湧き上がってくるフレーズ、リズムをキャッチするようにしています」

作曲の苦しさと楽しさを語る時、佐藤はまっすぐ前を見つめていた

その土地で過ごし、思わず口ずさんでしまうメロディー。佐藤はそれを「ある瞬間、音がピタッと景色とフィットする」と形容した。もちろん、それはゴールではなく、スタートである。自然と湧き上がったそのメロディを磨き上げ、さらに完成度を高めていく。

最終的に佐藤が行き着いたのは、夕方になるとどこからともなく流れてくる童謡「夕焼け小焼け」のような楽曲の姿だった。「似合っていないと意味がない」。そう口にしていた佐藤。どこの街でも流れるようなものではなく、この街だから流れるというオンリーワンな音の調べができあがった。

贅沢にも曲の生まれた場所で曲を演奏してくれた。景色に溶けていくような笛音が嬉野の街をより美しくした

嬉野は緑が豊かで、人があたたかく、心身ともに癒してくれる温泉があって、温泉湯どうふのような美味しい食べ物がある。

曲を作る際には、散策したり、ドライブしたり、気になった場所に立ち止まる。そうやって自分自身が感じることで、曲が形作られていくのだという。

「嬉野の街は歩いても楽しい場所。歩くことで体内の血を巡らせ、温泉に浸かって、また血を巡らせる。留まっているモノを流し、イメージを全身に循環させる。ここは、そんなサイクルが自然に取り入れられる場所です。良い場所から良い曲が生まれることが多く、それはつまり環境が大切なんだと実感しました」

佐藤は、制作のために過ごした多くの時間を振り返り、すっきりした笑顔で展望台を後にした

空をゆっくりと流れていく雲。穏やかで、ふわりと漂い、風の吹く方向へと運ばれていく雲のようでもあり、地に足がついたようにも感じる篠笛の音。その音色は、移り変わる時代の中で、変わらずに残されてきた嬉野の魅力をふわりと浮かび上がらせる。

佐藤の話を聞いた後、一人、展望台に立ち、「ふるさとの空よ」を口ずさんでみた。すると、目の間に広がる景色の全てが、たちまちその音に馴染んでいく。ずっと前からこの場所にあり続けてきたかのようなメロディー。その音は、そのまま嬉野の全てだった。

 

text by 山田祐一郎, editing & photographs by 堀越一孝

 

 

<お知らせ>
12月6日、佐藤和哉さんのNew Album『唄の音』が発売されます。
唄うように奏で、どこか懐かしい篠笛の音色が聴く人に寄り添うー篠笛奏者 佐藤和哉によるNew Album『唄の音』は、ファン待望のカバーアルバム
2016年のデビューアルバム『フエウタイ』リリース以降、各地を巡る「春のウタ」ツアー(夏・秋も実施)を通して披露してきた楽曲や、デビュー前からリクエストが多くあった唱歌を収録。
まるで歌詞を唄っているかのように1語1音丁寧に吹き込み、郷愁に駆られる笛の音色と透明感のあるサウンドが優しくそっと寄り添う、唄への愛に満ちたアルバムです。

詳しくは、こちら http://columbia.jp/artist-info/satokazuya/discography/COCQ-85390.html

DATA
立岩展望台
所在地:佐賀県嬉野市嬉野町下野甲1969-11
問い合わせ:0954-43-0317(嬉野温泉観光協会)
駐車場:約20台
入場料 無料

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