いつも胸には、生まれ育った田園風景を抱いて

いつも胸には、生まれ育った田園風景を抱いて

column 30

江島 史織

January 12, 2018

セミが元気に鳴く真夏の田舎道を、これ以上ないくらい生き生きとした表情で歩く一人の女性。佐賀市出身で現在は東京で書作家として活動している江島史織さんだ。
佐賀市の北部にある久保泉町、目の前に水田が広がる自然いっぱいの土地。ここでどんな学生時代を過ごしたのか、江島さんのルーツを訪ねてみた。

広い空、広い田んぼ、まっすぐな道、江島さんに案内してもらった道はとてもシンプル

休日の午後、最初に向かったのは、母校の金泉中学校。校舎は建て替えられ、当時とはすっかり変わってしまったとのことだったが、当時暮らしていた家までの道のりをたどると当時の記憶がよみがえってきた。
「昔の風景とは少し変わりましたね。大きな栗の木があった気がするんですが。そこでキツツキも見たことがあるんですよ!」
一人っ子で、当時は同じ通学路の友人もほとんどいない中、街灯もない農道をただ一人で登下校する日々。虫を捕まえたり、川にいる魚を眺めたりしながら、「ひとり遊び」が得意になっていったようだ。
そんな江島さんの“書”の原点がこの道の途中にあった。

当時のことを本当に事細かに教えてくれる江島さん。身の回りのことをよく観察していたことが分かる

「ここが昔通っていた書道教室です。学年が一個上の幼馴染の女の子が先に通い始めて、だんだんそこに私も勝手についていくようになりました。そのうち自分もやるって言い出して習い始めたのがきっかけです。小学校1年生の時でした」
友達の影響で何気なく始めたお稽古ごとだったが、結局、この教室には中学生の終わりまで通い続けた。「もっと遊びたいし、部活も塾もある」。習字を辞めたい気持ちとの葛藤はあったけれど、母・みゆきさんは書道だけはやめさせようとしなかったそうだ。後から尋ねると、辛くても続けることの大切さを娘に教えたかったとのこと。

子どもの頃の思い出深い場所に連れて行ってほしいとの要望に、江島さんが案内してくれたのは当時の家の近所にある八幡宮。鳥居をくぐると、さらに江島さんの目は輝いた。一直線に境内の狛犬に近づき、「阿吽」の「阿」の狛犬の口に含まれた石の玉をコロコロと転がしながら、「子どもの頃はこの玉を取りたくて何度も挑戦しました。取れるはずはないのに」と言って再び軽快な足取りで歩く。

「ほら、口の中に石の玉があるんですよ」と、昔と変わらない狛犬に思わず笑顔がこぼれる

当時、朽ち果てそうだったお社は新しく建て替えられ姿は変えたものの、この場所から受ける印象は変わらないという。
「近くにすっぽんの養殖場があって、大雨が降ると、脱走したすっぽんが道の真ん中にいるのを、登下校中に目撃したこともあるんですよ」と、江島さんからは、当時の思い出話が次々にでてきた。猫と遊ぼうとして引っ掻かれたこともあったし、夏祭りの頃には肝試しに訪れたことも。このそばにはご先祖様のお墓があり、子どもの頃は家族に連れられてお墓参りに行ったのだとか。江島さんにとってこの場所は、自分の先祖が眠る「第二の家」というイメージと、やはり無邪気に駆け回って過ごした「遊び場」という記憶が共存しているようだ。

軽快に歩いてはスッと立ち止まっていた江島さん。きっと当時と今を重ねて見ていたんだろう

次に案内してくれたのは、母校の久保泉小学校。道草を食いながら30分ほどかけて通っていたという思い出の学校だ。じりじりと照りつける日差しの暑さにも負けず、元気に校庭を歩き回り、たまたま落ちていたサッカーボールをゴールに向かって蹴飛ばしたり、土管の周りで寛いだ表情を見せてくれた江島さん。
「小学生の頃、幼少期からのマイペースな部分が特に発揮され始めてきました」その言葉に、今も変わらない江島さんの一面が垣間見られた気がした。
「もともと勝ち負けを決めることが苦手でした。それは根本的に自分が負けるのがイヤだから。運動会にはあまりいい思い出がありませんね」。人と競わず争わない世界に身を置き、自分の道を突き進む生き方はこの頃から培われていたようだ。

昔から好きだったという校庭の大きな木とも再会

明るくてしっかりした印象の江島さんだが、「実際には虫みたいに脆いメンタルなんです」とも話してくれた。作品を生み出すことは自分と向き合うこと。プレッシャーや、気が滅入ることもある中、東京でも自然を求めて奥多摩などを訪ねることがあるという。「“自然な自然” “昔からそこにある風景”が少なくなって、今は守り整えられた自然が多くなっていますよね」と少し寂しげに話す。意識的に佐賀に帰ってくる江島さんにとって、まだ原風景も残るこの生まれ故郷は、素の自分自身を取り戻す貴重な場所なのかもしれない。

小学生の頃よく遊んだという校舎脇の土管と共に

 

江島さんが手に持つ『さがごこち』の色紙は、今回の取材のために直筆で数パターン書いてきてくださった。作品依頼の時には、何枚も何枚も思いを込めて書き、その中から抜粋したものを渡すという。江島さんが故郷の通学路や神社などで、自ら生み出した作品を手に満面の笑みを浮かべるその姿を、私は感慨深く目に焼きつけた。

 

(続く)

 

text by 高橋香歩, editing & photographs by 堀越一孝

DATA
佐賀市立金泉中学校
住所 佐賀県佐賀市久保泉町大字上和泉2361番地1

佐賀市立久保泉小学校
住所 佐賀県佐賀市久保泉町大字川久保1357番地1

八幡宮
住所 佐賀県佐賀市久保泉町大字下和泉2808

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