人との出会い、関わりこそが制作の原動力。

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column 31

江島 史織

February 20, 2018

「家と中学校、小学校、その三角エリアの中でしか生きていませんでした」
と語るくらい、中学時代までは自然豊かな久保泉町に根づいて過ごしていた江島史織さん。
外で虫や魚と戯れたり、家の中でゲームに熱中したり、習い事や塾にも通ったりしながら地元が生活の中心だった。

横に水の綺麗な水路が流れ、蝉の鳴き声が騒がしい小道は小・中学生時代と変わらない

高校生になると、三角エリアを飛び出し、世界が開けた。書道をやめるのも続けるのも自分次第のはずが、江島さんはさらに書道を極める道へ。動機は覚えていないというが、母・みゆきさんの「何か一つは続けてほしい」という思いに応えたのだろうか、高校受験で佐賀県立佐賀北高校の芸術コースへの入学を自ら選択し志願した。全国的にも珍しい、書道専攻のある高校に見事合格。同コースには他に音楽・美術専攻があり、生徒は専門課程の部活に入るため、江島さんも入学してからというもの、来る日も来る日も書道漬けの毎日だった。
県内から集まった仲間と、朝から夜まで同じ環境で切磋琢磨する3年間。「書道の続けられる大学に進学したい」「将来は書道の先生になるのかな?」と何となくイメージし、高校の芸術書道の教員免許が取れる東京学芸大学の教育学部を受験。無事に合格した。

「書道を教えるのは、まだ恐れ多いんです」と、今は自分が字を書くことに集中している

大学4年の時、テレビ局から大学に一枚のFAXが届いた。テレビドラマで使用する書作品の提供と、書道家役の俳優に書道の監修をする人員の募集だった。大学の先生からのお知らせに興味を持ち応募、多数の応募者の中から江島さんが選ばれ、学生にして本格的なテレビドラマの仕事を任されることに。これが現在の仕事へ道を開く直接的なチャンスとなった。事務所や団体には所属することなく、書作家として幅広い受注制作を行いながら、今でもテレビ局からの書作指導やドラマで使用する作品制作に携わっている。

この日、思い出の神社は夏祭りの準備真っ最中だった

「よく、『書道は好きだから続けているんでしょう?』と聞かれるけれど、一番の理由はそうではない気がします」と江島さん。学生の頃は「いい賞をとったら家族が喜んでくれる」、今だったら、「依頼品を仕上げることによって依頼主に喜んでもらえる」「素敵な作品ですねと言ってもらえる」など、関わる人のリアクションが見たくて続けている、というのが最も近い答えらしい。

思い出の神社を歩きながら、東京では「ネクラな生活をしている」と笑う。作業スペースを確保した住居兼「アトリエ/オフィス」から外に出る必要がない時は、ずっと室内にこもった生活を送ることもあるという。
子どもの頃から一人の時間を大切にしてきたからこそ、今、書道を通し人と出会うこと、他人と関わり合うことがより貴重に思えるのではないだろうか。

「こうやって活動できていること、佐賀には本当に感謝しています」と話す江島さんは、とても力強かった

これまで営業の経験があまりなく、クライアントからの依頼だけで仕事をしてきたことに「もっとがむしゃらにやらなければ」と危機感も感じていると話す。しかし、それは一人ひとりとの「縁」を大切にし、依頼品に情熱を注いできた証拠だ。

各地で書のライブパフォーマンスをしたり、企業の顔となるロゴを制作したりしながらも、決して自分で「書家」とは名乗らず、「字書きの江島史織です」と紹介する。江島さんと故郷を一緒に歩くと、常に方向性を模索しながら、人との関わりを大切に挑戦し続ける等身大の姿を見ることができた。

text by 高橋香歩, editing & photographs by 堀越一孝

DATA

佐賀市立久保泉小学校
住所 佐賀県佐賀市久保泉町大字川久保1357番地1

八幡宮
住所 佐賀県佐賀市久保泉町大字下和泉2808

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