迷いなき就農と、「農業」で思い描く理想と挑戦

迷いなき就農と、「農業」で思い描く理想と挑戦

column 43

食ごこち

April 23, 2018

江口さんが農業へと進んだのは、ごく自然なことだった。
「亡くなった二人の祖父はどちらも兼業農家。一緒に暮らしていた父方の祖父はとても農業が好きで、とにかく暇さえあれば、土をいじっていました。愛嬌たっぷりの人で、トマトなんかも食べきれないくらいたくさん作って、地域の人が家に来ると歓迎して一緒にお菓子を食べて、野菜をもたせて帰す、みたいなおじいさん。経営能力とかはあまりなかったんでしょうけど、自分にとってそういうことは関係なく、幸せな環境でした。逆に、母方の祖父は寡黙な人で、とにかく暑い日も寒い日も黙々と仕事をし、そんな姿を背中で見せるようなおじいさん。頑固一徹かというとそうでもなく、数百万円するコンバインをいち早く導入するようなかっこよさもありました」。
そんな二人に囲まれながら幼少期を過ごしてきたので、農業に対して悪いイメージは全く抱かなかったという。

パクチー農園の土は、手で掘れるくらい柔らかく、栽培の肝となる根っこが伸び伸び育つ

「百姓には100個の仕事があると言われる通り、やることは本当にさまざまです」と江口さん。「農作物の管理や収穫も大事な仕事だし、黄色い葉っぱを外して包装して一つの商品として発送することも大事。いい商品を作ろうと思ったら、どの仕事もおろそかにできないので、父が農業と組み合わせた福祉事業を始めた時にパクチー栽培の話を頂いたことも、すごくよいご縁だったと思っています」。

江口さんが福祉事業所の利用者さんと一緒に包装作業をした際、いつも担当されている方のスピードに全くかなわず、驚くと同時に、専門性の高さも農業の大事な一面だと感じたという。
「強固な商品づくりには適材適所の体制でマンパワーが必要。中途半端なやり方、人数ではいいものはできません。パクチー好きな人が増え、飲食店の数が増えた分、農家も増えてきたので、そこはいい競争と捉えて、自分たちもしっかりしたパクチーを作らなくちゃという思いです」。

農業や江口農園の未来を話す時、いつも笑顔の江口さんの表情がキリッと引き締まるのが印象的だった

パクチーをここで本格的に栽培し始めて4年、初めて夏も途切れずに出荷できると見込めた2017年7月、北部九州を襲った豪雨で、江口さんの農園もパクチーが水に浸かり、出荷停止を余儀なくされた。

「暑さに弱いパクチーなんですが、今年はいけるぞ!とみんなでバーベキューしながら喜んだのもつかの間、まさかの災害でした。きゅうりを作って出荷する際、安く売られてるな、と正直思ったけれど、自分たちで(販売まで)やると、365日切らすことはできないし、もし切らしたら飲食店さんにこちらが責任を負わなきゃいけない。そういうところは、本当にきつい一面だと思います。でも、やっぱりその方が飲食店さんとの距離も近くて、飲食店さんからの苦情もちゃんと受け止めますし、飲食店さんから逆に褒めてもらうこともできる。私自身、この距離感で農業をやりたかったので、もっともっとそれに近づいていきたいと思います」。

「今では、パクチーが大好きです」
と江口さんは言った。
「当時、なんでパクチーを嫌いだったかというと、生でパクパク食べていたから。やっぱり料理人に美味しくコーディネイトしてもらわないと、なかなか好きにはなれないのかな、と思います」。自分の育てた野菜がさまざまな料理にアレンジされ、食べる人の喜ぶ顔を直接見てきたからこそ生まれた実感だ。

タイから直接輸入した種から栽培される「たけおパクチー」は、ガツンとした香りと風味が特徴

「趣味は?」との問いに、「農業が趣味みたいなものですね。逆に農業がなかったら何もない」と笑う江口さん。2017年で30歳を迎え、結婚してまだ1年というが既に落ち着いた印象。その物腰柔らかでしっかりした話しぶりに、もう少し年上の方と話しているような錯覚に陥る。
武雄市のブランド野菜の販路開拓と父の経営手法、そして江口さんの農業に対する理想と挑戦。「たけおパクチー」はさまざまな要素がうまく絡み合って、認知度を高めてきた。温かみがありつつも強さを持つ江口さんの眼差しは、これまでの道のりで重ねてきた経験や学びがうかがえ、次世代の農業を担う使命感にあふれていた。

text by 高橋香歩, editing & photographs by 堀越一孝

DATA
株式会社 江口農園
所在地 佐賀県武雄市北方町大字芦原244
TEL 0954-36-3490

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