「西の浜」は私だけの海。 ここに来ると自分の原点に触れられる。

「西の浜」は私だけの海。 ここに来ると自分の原点に触れられる。

column 32

寺内 ユミ

April 05, 2018

寺内ユミさんと落ち合ったのは江戸時代に創業した老舗「川島豆腐店」が手掛ける豆腐料理の店「豆腐料理 かわしま」。店の前で待っていると、遠くに寺内さんの歩く姿が見えた。実は寺内さんのご実家はこの店から徒歩圏内。寺内さんは現在、東京に拠点を置き、クリエイティブディレクター、デザイナーとしてプロダクトデザインや店舗や空間などの空間デザインといったデザインにまつわる業務に携わっている。そんな中、近年、以前よりも高い頻度で唐津へと帰郷し、この地で過ごす時間を大切にしているのだと教えてくれた。

ひとつひとつ大切に仕上げられた豆腐料理は、五感すべてを喜ばせる

店内はカウンターだけのこぢんまりとした空間。器には唐津が誇る宝、名工・中里隆さんによる唐津焼が選ばれ、提供される料理はどれもうっとりする美を纏っていた。ざる豆腐、豆乳、うずみ豆腐といった滋味豊かな豆腐料理の数々に舌鼓を打ちつつ、なぜ、今、唐津へ頻繁に戻るようになったのか、その理由を尋ねてみた。

帰郷のペースは、以前は1年に1、2回だったが、現在は2ヶ月に1回くらいになったのだという。「東京と唐津、二拠点での生活は可能なのか、自分の中でテストをしているところです。歳を重ねてきた今、プロダクトデザインや空間デザインといったこれまでの経験が、生まれ育った唐津という地域に生かせるか。それを試してみたいんです」という寺内さん。現在の時点では、まだ何か、仕事が始まっているというわけではない。「唐津という街を2ヶ月おきに訪れてみる、そうすることで、これまで見えていなかった周りのことまで見えてきますからね。まずは改めて知ることから始めたい。郷里を離れてから時間が経っていますからね、改めて唐津のことを知りたいんです」。

寺内さんは、3.11以降、働き方そのものを考えるようになった。そして、ある程度、自分が自由に動けるような体制を整えたのだという。滞在期間は1回の帰郷につき5日間。「2ヶ月に一回帰ってくるということ自体も慣れるまではなかなか大変なので、まずは安定して帰って来られるようになれば良いなと思っています」。

唐津の中心市街から少し足を伸ばすだけで、美しい海が迎えてくれる

唐津に帰ってきて、何をしているのか。そんな問いへの答えが「西の浜」にあるのだという。「西の浜」とは寺内さんをはじめとする地元住民たちの呼び方で、正式には「西の浜海水浴場」のことだ。地元では寺内さんをはじめ、「西の浜」と略しているようだ。
西の浜に着くと、ここは、唐津城がすぐ近くに見える、それほど大きくはないビーチであることが分かった。穏やかな波がたぷたぷと揺れる遠浅の砂浜で、サーフィンやジェットスキーといったマリンスポーツ、花火やバーベキューなども禁止されている。そのため、とても静かで、きれいな砂浜が広がっていた。

海岸に着くと、自然と海の方へ近づき緩やかな表情に

この日、ビーチに人影はなく、真正面の海だけを見ていると、すぐに“自分の時間”に入ることができた。それほど大きくはない、という表現を先に用いたが、とはいえ、この場にいる人の数が少ないため、見た目よりも広く感じる。背面には松林が生い茂り、唐津の繁華街からすぐそこにあるような近さなのに、自然を強く感じられた。

このビーチもまた、先ほどの「かわしま」同様、寺内さんの自宅から歩いて行ける距離。初めて訪れたのは小学生の頃で、浮き輪を持ち、水着のまま両親に連れられて来たのだという。

「海というとレジャーの印象があるかもしれませんが、ここにはそういうイメージがありません。私にとっては、日常的にお散歩で来る場所。遊ぶというよりも、リラックスするために訪れる感覚です。唐津に帰って来たら、すぐにここへふらりと散歩に来るんですよ」。

東京でも、海が恋しくなるのかという問いに、「そうですね、海は好きですが、この感じを求めて例えば湘南などへ繰り出すのは、ちょっと違うんですよね。ここは、町の海。日焼け止めを塗って、わざわざ出かける感じではなくって。なんというか“がんばって行く海”ではないんです。確かに広大に広がる湘南のようなビーチも魅力的ですが、『西の浜』に抱く、プライベート感のある私だけの海という感覚は他にありません」と寺内さんは答えてくれた。

幼少期や学生時代の思い出にこの海は欠かせないと、穏やかに語ってくれた寺内さん

浜にしばらく立っていると、磯の香りがほのかに混じった空気のちょっと湿った感じが、海の美しさというよりは懐かしさを伝えてくれた。「なんだか、ここに来ると自分の原点に触れられるような感覚なんです」。こうして、このビーチで寺内さんと過ごした数十分の滞在中、他に誰とも会わなかった。「誰もいないのがもったいないなあ」と言う寺内さんは、ちょっと嬉しそうな表情だった。

 

text by 山田祐一郎, editing & photographs by 堀越一孝

DATA
西の浜海水浴場
住所 佐賀県唐津市西の浜
電話 0955-72-4963(唐津駅総合観光案内所)

豆腐料理 かわしま
住所 佐賀県唐津市京町1775
電話 0120-72-2423
営業 8:00〜 (8時、10時、12時、14時の完全予約制)
定休 日曜日

https://www.zarudoufu.co.jp/

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