佐賀市のコーヒーには、カフェインだけじゃなく人も中毒にさせる成分が入っている。

佐賀市のコーヒーには、カフェインだけじゃなく人も中毒にさせる成分が入っている。

column 35

庄山 陽子

June 13, 2018

佐賀市という街は、小さいころは年に1度くらいしか行けない(連れて行ってもらえない)、県内なのに私にはなかなか遠い場所だった。
映画館があって、玉屋デパートもあって、かわいいお店もたくさんあって。それはそれはキラキラと輝いて見えた場所で、家族で行くと決まったら、前日から楽しみでなかなか寝られなかった。
住んでいた嬉野には駅がないため、電車には乗り慣れていない。だから気軽に遊びに行くことは子どもではなかなか難しい。高校生にくらいなるまで、良い子にして徳を積まねば親に連れて行ってもらえない、遥かな夢の世界である。西遊記でいうガンダーラだ。

そして大人になった今、簡単に行けるようにはなったのでそこまでのありがたみはなくなったが、私の佐賀市のイメージは、「カッコいい人達が多い街」に変わった。カッコいいにも色々あるけれど、とくに生き方や姿勢が渋くてカッコいい人が多い。
そう思えるようになったきっかけは、「こうひいや竹嶋」という喫茶店のご夫妻との出会いからかもしれない。コーヒー好きになったのもこの喫茶店のおかげである。
10代の終わりからもう20年以上通い続けて、東京に住むいまも、帰省の折にはほぼ足を運んでいる。

お店に入ってすぐの窓からは、昔から変わらないこだわりの焙煎機が輝いて見える

店を営むのは、マスターである竹嶋定男さんと妻の眞理矢さんご夫妻。
10代の通い始めのころは、この店は地元では「南バイ(南部バイパス)」とよばれる国道208号線沿いにあって、マッチ箱をそのまま大きくしたような、渋くていい店構えをしていた。15年ほど前に道路拡張工事のため、なくなく街の中心地に移転したが、通っている人はみな、そのマッチ箱のような佇まいも大好きだったので、本当になくなく、だ。

お客さんが昔作ってくれた、前のお店のミニチュア。2人の笑顔は健在だ

訪れると決まっておじさんは
「もう歳だし、来年はいよいよ喫茶をやめて、悠々自適になる。豆だけの販売にするから」
と話し出す。でも、この店にくる常連さんのほとんどは、コーヒーを飲みに来るのと同じくらいか、きっとそれ以上に、この夫婦に会って話をするために来店している。だからその結果、ずっと辞めさせてもらえないでいる。

カウンター越しのおじさんおばさん。いつもあうんの呼吸で立ち回るふたりを見るのが楽しい

以前のおじさんは、話しかけることさえためらわれるほど頑固一徹のコーヒー豆職人といった雰囲気。だれかれ構わず話しかけてしまう性格のわたしでも、話せるようになるまでに10年ほどかかってしまった。
おばさんはそれに反比例するかのように終始ニコニコ優しい。優しすぎて、なんでもないところでも「ごめんなさいねぇ」となぜかしょっちゅう謝っている。
前より少しだけ優しくなったおじさんと、前にもまして優しくなったおばさんに囲まれながら、「トーストセット(イチゴジャム、ゆでたまご、コーヒー付き)530円」を注文する。

コーヒーだけ飲みに行っても、今でもついつい頼んでしまうトーストセット

この「こうひいや竹島」との最初の思い出は、10代終わりに佐賀市に引っ越してからだ。仲のいい友人の一人が、モーニングを食べるため、毎日の通学前に通っている店だった。
「学校の前に、ちょっと喫茶店でモーニング」という響きがなんだかとても格好よく、すごく大人びて聞こえた。それからは私も貧乏学生のくせに同行するようになり、休みの日には入り浸るようになり、映画の話やら学校の話やら恋の話やらで、国道沿いのこの店で、友人と何時間もすごした。

学生のころはおじさんが怖くて、カウンターにも座れなかった。今はおじさんの前が定位置

そのころは、「コーヒーはこの香りと酸味がいい」とか、「やっぱりアイスじゃなくて、ホットやろう」と言われても、正直なところさっぱり良さも違いもわからない。それでも、寡黙なおじさんと、ニコニコお辞儀ばかりしているおばさんの佇まい、コーヒーの香りが包む店全体の雰囲気も含めて大好きで、本当によく通った。
店内は常にタバコの煙が充満し、そこでは学生も、大学の教授も、サラリーマンも、暇な近所のおばあさんも、すべて同等にコーヒーの香りで癒されている。
それから20年以上が経ち、お店の場所も私の暮らす街も変わってしまったけれど、佐賀に帰るとまず立ち寄りたくなる、第二の実家のような場所になっている。

最近はめっきり優しくなったマスター

この機会に、おじさんにコーヒーへのこだわりを聞いてみた。
「コーヒーは、焼きたて・挽きたて・入れたてが一番。刺身と一緒で鮮度が大切」
なんだか名言のような言葉を、珍しく嬉しそうに語ってくれた。おじさんがこんなに話してくれていることが驚きで、言葉がまったく頭に入ってこない……。
「コーヒーに砂糖なんぞ入れとったらいかん。コーヒーの味がわからん」
えー……、これまで私にとっての竹嶋のコーヒーは、茶色いザラメ砂糖込みの味が完成形でした。そんなことは言えず、初めてブラックで飲み干した。

竹嶋のおじさん、おばさん、コーヒー。この組み合わせが一つで、わたしは佐賀市で見事なカフェイン中毒に育った。

 

text by 庄山陽子, photographs by 堀越一孝

DATA
「こうひいや竹嶋」
住所 佐賀市白山1−3−31
電話 0952−29−6494

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