絵はコミュニケーションツール これからも伝えたい、つなげたい。

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column 38

ナカムラ ミツル

August 31, 2018

ここは雲の上の、たましいの国「神野公園」――

これは、326(ナカムラミツル)さんの著書「いつもみてるよ。がんばってるの、しってるよ。」の書き出しの一文だ。子どもを授かることを、日本では昔からコウノトリが運んでくると言う。326さんは、コウノトリという響きから、神野(こうの)公園を連想し、物語に登場させた。「佐賀には“神”があることを、誰よりも知っているじゃないか。ここから物語を始めよう。そう自然に思えたんです」と目を細めた。

見えない、聞こえない、そんなお腹にいる赤ちゃんの声。この本は、そんな声を、妊娠中の母親、そして子どもがほしいと願っている人々に届けたいという思いから生まれた一冊だ。326さんは過去に「雨のちレインボー」という作品を上梓。その反響の中に、妊婦、そして子どもがほしいと願っている人々からの声が多く、326さん自身がとても驚いたのだという。「いずれはそういった方々に向けた本を描きたい」。そんな思いがこの本には詰まっている。

326さんの著書『いつもみてるよ。がんばってるの、しってるよ。

神野公園の園内を歩いている際、326さんは、この本には実は祖母への思いも込められているのだと教えてくれた。「ばあちゃんが亡くなるまでの2年間、できるかぎり側にいて、介護をしていたんです。そんな日々の中で、徐々に自分の気持ちや考えを言葉にできなくなっていく祖母の姿を目の当たりにしました。赤ちゃんについて描いているはずなのに、どうしても、ばあちゃんの姿が重なるんですよね。この本は、妊娠・出産というテーマではありますが、僕の中では、介護の目線でも描いていました」。

2年間の介護の中、感じること、考えることが本当に多かったそうだ

いつもみてるよ。がんばってるの、しってるよ。」の出版後、読み終えた妊婦、そして子どもがほしいと願っている人々から、嬉しい声が326さんの元へと寄せられた。そして、その声たちは、326さんを安堵させた。

「自分の中では最後まで不安だったんです。何といっても僕は男性ですから、そもそも妊娠できません。自分が体験できないことを描くのはどうなんだろう。そんな葛藤がありました。ただ、『赤ちゃんからのメッセージに間違いなんてないよ』といったお声をはじめ、みなさんから背中を押してもらえました」

この本に綴られているいくつものエピソードは、326さんが妊婦たちに聞いた話を元にした実話である。物語自体はフィクションだが、全てがリアルだ。

幼少期を過ごした神野公園が舞台

「絵を描くにあたって、ずっと一つの事柄について悩んでいました。それは、上手に描こうとしてリアルを追求していくと、それなら写真でいいじゃないかという結論に至ってしまうということです。ただ、この本を描いたことで、絵を描く意味が見出せた気がしました。まだこの世にいない赤ちゃんの姿は写真では撮れませんからね。絵なら、それができます」

326さんは静かな口調で「絵によって生まれる命もあるんです」とも続けた。

いつもみてるよ。がんばってるの、しってるよ。」の発表以降、326さんは声に、言葉にできない人々の代わりに“言葉になる”という活動を続けている。「この歳になって、本当に自分がやりたかったことができている感覚です。その根っこにある思いは、故郷で過ごした幼少期に培われました」

326さんの地元では、地域ごとにいわゆるボーイスカウトのような集まりが存在し、年上の子どもが年下の子どもに、遊びにまつわることを教えていたのだという。

「その“西校の東部”という子供チームで、全国大会が開催された高知まで出掛けたのをよく覚えていますよ。結構高い山を子供だけで登って、そんな過酷な体験の中から大切なことを学びました。地域に学ぶと言うんでしょうかね。例えば、ロープの結び方、ナタの使い方、火のくべ方、どれも学校ではなかなか教われません。そんな経験が巡り巡って、今、子供たちとのワークショップにつながっている気がします。西校の東部がなかったら今はなかったですね」

実体験から、自然と教育に関心を持つようになり、ワークショップなどは活動の大切なものとなっている

ワークショップにおける326さんは真剣そのもの。子供、そしてママたちに伝えるということに、並々ならない責任を感じているそうだ。

「僕自身がそうであるように、幼い頃の経験は一生残ると思っていますから。僕が地域からいただいたものを、今度はしっかり返していきたい。地元への恩返しのつもりです」

佐賀で開催中(2018年9月2日まで)の「すごいぞ!ボクの土木展」においても、326さんは作品の出展に協力するだけでなく、巨大塗り絵のワークショップを実施するほか、「思い出を持って帰ってほしい」という思いから来場者へのプレゼントに自前でオリジナルのクリアファイルまで用意した。全ては子供たちのため。その思いが326さんを動かしている。

土木展オリジナルのクリアファイル。豊かで楽しい色使いと、言葉を含めた独特の世界観に惹きつけられる

「若い頃にしたくてもできてなかった地元での仕事が、今、ようやく形にできています。その理由を考えてみると、もちろん僕自身が年を重ねることで、ちょっとくらいは成長したからというのもありますが、佐賀県自体が攻めているんです。そのスタンス、動きが、今の時代にとても合っているとも思っています。佐賀が元気な理由の一つとして、知事の決断に対するスピード感もあるでしょうね。他の地域で提案して通らなかった面白い企画があったんですが、それを受け入れてくれたのも佐賀でした。とても柔軟なんです。佐賀だとできることがある。できなさそうなこともできてしまう」

326さんの出展作品『しゃべるのホルホル』

子供たち、そしてママたちへ伝えることに加え、326さんは“つなぐこと”も自分の役割だと考えている。実際、326さんが橋渡し役となり、佐賀県とゲームソフト開発会社「Cygames(サイゲームス)」に縁ができ、同社の佐賀市進出につながったということもある。

「つなぐことも、僕の創作における原点なんです」

326さんは公園のベンチに座り、自身が絵を描くようになったきっかけについて話してくれた。地元の電力会社で働いていた父親は、絵が好きな326さんのために、不要になった図面を裏紙とし、パンチで止めてお絵かき帳を作ってくれたそうだ。どれだけでも気が済むまで絵を描いて良いという環境は、326少年にとって、何よりの贅沢だったのだという。そしてその絵は、時に父親と祖父をつなげた。

「父とじいちゃん、それほど仲が良いわけではなかったんです。子供ながらにそのことは分かっていて。ただ、2人に共通していたのが、絵の上手さでした。上手に描けた絵を持っていき、2人に見せると、とっても喜んでくれたんですよ。その絵は2人をつなげられました。僕にとっての絵は表現手法の一つでもありますが、コミュニケーションツールなんです。今していることは、あの頃の延長ですね」

326さんは「ずっと同じことをしているんですが、それでも飽きないし、過去よりも、今が面白い」と嬉しそうな笑顔を見せた。

 

text by 山田祐一郎, editing & photographs by 堀越一孝

DATA
神野公園 こども遊園地
住所 佐賀県佐賀市神園4-1-3
電話 0952-30-8461
開園時間 9:30〜17:00
定休日 火曜(祝日の場合は翌日)

http://haut.jp/kouno/

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