牛を育てて半世紀。 牛と人が幸せになる牛乳・乳製品づくり

牛を育てて半世紀。 牛と人が幸せになる牛乳・乳製品づくり

column 63

食ごこち

January 23, 2019

子どもの頃、うちは裕福な家庭ではなかったけれど、母は食べるものには気を遣い、できるだけ地元の素材で手作りの料理を作ってくれていた。時々買ってきていたのは「ミルン」の牛乳。自然なコクと甘みが感じられ、一般の牛乳よりもすうっと体に染み入るような印象があった。


大人になり、「あそこの牛乳はおいしかもんね」とか「ドライブの時はよくソフトクリーム買いに寄るよ」とか耳にすることも増えた。自社のアイスクリームのほか、とうもろこしアイスクリームや干し柿ソフトクリームなど、他社のプライベートブランド製品も手がけていることを知り、ますます気になる存在に。そんなミルンの牛乳・乳製品づくりのお話をうかがうべく、「有限会社ミルン」の横尾文三さんを訪ねた。

佐賀市内で走るこの可愛いトラックを目にしたことがある人は多いのでは?

脊振高原の標高600m付近にある牧場。一面を見渡せる緩やかな傾斜のついた牛舎の中で、牛たちはのんびりと横たわったり干し草を食べたりと思い思いに過ごしている。うぐいすの鳴き声がこだまし、猫たちも外で自由に暮らす様子は、のどかな風景そのものだ。

「ここは環境がいいですから、いい牛乳が出てますね」

とにこやかに話す横尾さん。

終始にこにこと快く質問にお答えいただいた横尾文三さん

この牧場では、牛をつながずに自由に動くことができるフリーバーンという開放型牛舎で育てている。

「いかにストレスを少なくして、たっぷり食べられるようにするかが乳量に関わってきますからね、ここは言わば『食べ放題』ですよ」と横尾さんは楽しそうに笑う。

牛が食べているのは、草と穀物とミネラル、ビタミンなどを合わせたTMR(Total Mix Ration)と呼ばれる飼料。それに、野草を少しだけ与えると、みるみる牛の毛並みがよくなるのだそうだ。「特に春先の新芽が動物のエネルギーになるみたい、ピカピカになるんです」。

牛について話す横尾さんは、生き生きとしていた。

フリーバーンと呼ばれる牛舎で暮らす牛たちはとにかく穏やか

横尾さんは農業高校を卒業後、2年間は地元、佐賀市鍋島で野菜を作っていた。しかし、皆で同じ野菜を作り合い、豊作な時ほど市場価格が安くなる農業に疑問を感じ、楽しめなくなっていった。その当時は佐賀のあちこちで見られた農業と酪農の兼業農家。横尾さんも農業をしながら1頭の牛を飼いはじめた。もちろん苦労はあったが、手応えも感じられ酪農を専業で続けることを決心。4、5年後には30頭牛舎を建てた。

一生懸命に牛を育て牛乳を卸しても、よその牛乳と合わさり、大手メーカーの牛乳として出荷される。この現状に満足できず、横尾さんは昭和63年10月、有限会社を設立。自社独自の牛乳やアイスクリームの製造・販売に乗り出した。

横尾さんの牛乳づくりの特徴として「ノンホモジナイズ」と「低温殺菌」がある。一般的な市販の牛乳は、脂肪分や水分の分離を防ぐためホモジナイズ(均質化)処理を行うが、ミルンでは牛乳本来の味わいを届けるべく、これを行わない。また、65℃・30分での低温殺菌をすることで、タンパク質やカルシウムの熱変成がなく、ビタミンへのダメージも抑えられる。

ミルンの牛乳の味わいがより自然に近くおいしいと感じたのは、こういった横尾さんのこだわりがあったからだった。

ミルンの優しさが表れる愛らしいパッケージ

ただ、長年この鍋島の地で牛をかわいがって飼っていた横尾さんたちはいくつかの問題と直面していた。周囲に住宅地が増えたことで牧場へ寄せられる苦情などの対応が増えたのだ。また温暖化の影響での牛の体調面の心配もあり、佐賀市の平地では続けられないと、平成9年に現在の脊振の休牧地に移転した。

以来20年以上、会社のある佐賀市内から40分かけて工場と牧場へ朝晩行き来している。休むことなく毎日2往復、距離にすると約100kmという苦労をものともせず、この土地で酪農を続けるのは、乳牛たちにとって過ごしやすい土地だから。佐賀市の平地より3、4度低く、東北の岩手県と同じくらいの気候なのだという。

「最初は、なんでこんなことしたんだろう、と思うこともありましたが、今はすっかり慣れました。人間が骨折った分だけ、牛が応えてくれる。今は牛たちを毎日触らないと、自分の調子が悪くなるほどですよ。我々は牛を飼っているのではなく、牛に飼われているんじゃないかと思うくらい」

と茶目っ気たっぷりに話す横尾さんと一同で笑い合った。こんな明るい人柄も牛たちにいい影響を与えているはずだ。

環境の変化にも即行動。横尾さんは「気が多い性格」と笑う

20歳で1頭の牛を飼って以来50年あまりの間、横尾さんは酪農一筋で歩んできた。

法人化して昨年30年を迎えたミルン。横尾さんたちは、牛のことを考え、人の健康のことを考え、毎日、妥協しない牛乳・乳製品をつくり続ける。愛情や苦労がたっぷりつまったものづくりの恩恵を受けられる私たちは幸せだと思う。

 

(つづく)

text by 高橋香歩, editing & photographs by 堀越一孝

DATA
有限会社ミルン
住所 佐賀県佐賀市鍋島町蛎久883
電話 0952-32-1777

http://www.milne-farm.jp/

ページ上部へ