「いいものつくろう」を次世代まで。 酪農の未来のための新たな奮闘

「いいものつくろう」を次世代まで。 酪農の未来のための新たな奮闘

column 65

食ごこち

February 28, 2019

「素材に勝る技術なし」と横尾さんが丹精込めて育てた牛の生乳からは、チーズやヨーグルトもつくられている。チーズはフレッシュとハードの2種類。量産できないので利益は少ないが、その品質の良さは県内外で知られるようになり、1年熟成した「大脊振」は「ななつ星 in 九州」の食材にも選ばれたという。

「1年経つとフルーティーな果物のようなにおいがしてくる。これも乳が全て。原料の良さがあってこその『ものづくり』だと思っています」と横尾さん。

自社工場にはさまざまな加工を行う設備が揃っている

自家生産の農産物を加工・販売まで行う「6次産業」という言葉は10数年前ほどからあちこちで聞こえてくるようになった。しかし、横尾さんたちは約30年前の法人化とともに生乳の卸しだけでなく乳製品の加工、さらに県内各地への販路の開拓や販売まで行っていた。あまり前例のない中で事業を始め、ここまで続けてくるのは本当に大変だったのではないかと思う。

また、他社のプライベートブランド製品化の協力を積極的に行っていることも特筆すべき点。例えば、佐賀市大和町の名産「干し柿」はソフトクリームにしたことで、道の駅大和そよかぜ館のヒット商品になった。横尾さんは「伝統的に作られている特産品など、うちの牛乳とのコラボで復活のお手伝いができるというのはいいですね」と語った。

他の生産者が作った農産物をミルンの生乳を使って生かし、さらに多くの消費者に届ける。開発はやはり苦労が多いそうだが、これも社会を楽しくする素敵な仕事だと思う。

横尾さんの牛はとにかく人懐っこい

横尾さんは、牛と向き合い、経営と向き合い、試行錯誤しながら「いいものをつくろう」という長年の仕事に加え、「いいものをのこそう」という佐賀県全体の酪農についての社会的な活動も行っている。現在「佐賀県酪農協議会」会長の役も担う。

「かつて、佐賀県には酪農家と農協と江崎グリコが共同でつくったグリコ共同乳業がいち早くでき、農協の乳業工場もできた。昔は兼業を含め1,500戸くらい、鍋島だけで90戸の酪農家がいた時期もあり、佐賀は都府県酪農の先進だった」という横尾さん。

「グリコ共同乳業がグリコに合併した時、やっぱり佐賀県の牛乳はブランドとして残そうと作られたのが『さが生まれ』。選び抜かれたおいしい牛乳です。こんないい牛乳を作ってきた歴史があるから、そのブランドと人材を将来に残したいですね」と佐賀県の酪農にも思いをはせる。

佐賀県の『酪農』という文化をこれからも残していきたいと強く語る横尾さん

飼料の高騰と乳価の低下で毎年1割くらいの酪農家が辞めていく現状が続き、現在、佐賀県の牧場は44戸と激減。原乳不足に陥っている。

横尾さんは、佐賀県の酪農の生産基盤をなんとかここで回復させ、少なくとも、JAさがうまれの原乳だけは自分達で守っていきたいと考えている。多い時は月に1回、東京に足を運び、さまざまな要請活動などを行うそうだ。

「20歳から牛を飼い、鍋島で30年。ここ脊振に牧場を移して20年。長くなりました」。

50年間、酪農一筋で奮闘してこられてもなお、酪農の未来を案じて使命感のもと活動する横尾さん。30年以上一緒に働く50代の従業員の方や、家族とともに現役で働き続けている。

食卓に牛乳や乳製品が並ぶ「当たり前の日常」の影で尽力する人々のことを忘れずにいたい。そして、こんなにおいしい牛乳が佐賀でつくられていることに誇りに思い、「いいものづくり」がつづくことを願っている。

text by 高橋香歩, editing & photographs by 堀越一孝

DATA
有限会社ミルン
住所 佐賀県佐賀市鍋島町蛎久883
電話 0952-32-1777

http://www.milne-farm.jp/

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