植物採集で訪れた思い出の場所<br> 忘れられない2つのエピソード

植物採集で訪れた思い出の場所
忘れられない2つのエピソード

column 41

倉成 英俊

January 15, 2020

視界いっぱいに松が広がる。風が吹くと松の枝がさらさらと揺れ、大きく息を吸い込むと、その涼に潮の香りが含まれているのがわかった。海が近い。その姿はまだ見えないが、音が、匂いが、気持ちを高揚させた。

 

「HARVEST」に立ち寄った翌日、倉成英俊に連れられて向かったのは名勝「虹の松原」だった。この松原は今からおよそ400年前に、当時の唐津藩主だった寺沢志摩守が防風林として整備したものだ。そのスケールは実に雄大で、唐津湾の海岸に沿って幅400~700m、そして約4.5kmにもわたって弓張り状に松原が続く。

「虹の松原」はその名の通り、遠くが霞むほど松の木々が連なっていた。夏場でも海沿いのため、比較的、松原の中は涼しい。

「父の仕事が植物の研究だったんです。それで小学校の頃、夏休みの自由研究で

植物採集をさせられてました。だからこの松原は植物採集をした思い出の場所な んですよ」

倉成の言う「植物採集」とはただ植物を採集するのではなく、最終的に採集した植物を標本にし、発表することだった。「そのために、遥々海へ??」という疑問が頭に浮かんだタイミングで、倉成は「この松原に生えている植物って、普通の庭なんかに生えていないものなんですよ」と続けた。植物と一口に言っても、その生態はさまざまだ。海の近くでしか生息できない植物だってたくさんいる。

松原を抜けてビーチに着くと、すぐに足元の植物をチェックする倉成。植物に向ける眼差しは実に楽しそうだった。

「父と僕との間では、植物採集は恒例行事のようなものだったんです。さあ、今年は何を研究しようみたいな感じで。だから、きっと楽しんでいたんだろうな。多分、海だけでも10種類くらい標本を製作しているんじゃないですかね」

倉成は植物採集をする際、毎回、なぜこの場所で植物採集をしようと思ったのかという動機を元に、実際に植物を集めた上で分類し、結論を出していたのだという。果たして、この虹の松原ではどのような結論に達したのだろうか。幼き日の倉成に出会えるなら、彼からぜひ聞いてみたい。

倉成の話を聞いた後に見た足元の植物は、なんだか愛おしく感じられた。きっかけ一つで、無関心は好奇心へと変わるのだ。

そんな虹の松原には、忘れられないエピソードがあと二つあるのだと倉成は言う。その一つが、睨み松。虹の松原は、古くから「七不思議」があることで知られている。「睨み松」とはその七不思議の一つだ。

「父が一本の松の木の前で立ち止まり、睨み松にまつわる伝説を教えてくれたんです。なんでも朝鮮出兵の際、機嫌が悪かった秀吉が松を睨むと、松がぐにゃっと曲がったと言うんですよ。確かに目の前にあった松は斜めなんかではなくって、根元からぐにゃっとなっているような曲がり具合だったんです。秀吉はすごいな、と幼いながらに感心しました」

秀吉が機嫌が悪かったのは、この松原を通っている際に、生い茂った松が邪魔で眺望が悪かったからだという。そこで秀吉は「低くなれ」と言って睨んだと伝わっている。

「せっかく来ましたから、その松を探しに行ってみましょうか」

倉成を先頭に、一向は松林の中を練り歩いた。ただ、数え切れないほどの松の木とすれ違ったが、これというのははっきりわからない。どれも曲がっているといえば曲がっている。そして、この木が睨みの松だという明確な目印も特にない。

「睨み松」を求めて、倉成と私たちは松原を彷徨い歩いたが、なかなか「これだ」という松には出合えない。

目当ての睨み松と対面できないまま、一向はついに松原を抜けた。その先に現れたのが広大な海。文字通り視界いっぱいの海が待っていた。雲の隙間から太陽の光が降り注ぎ、潮の匂いをはらんだ風が頬を撫でる。遠くに浮かぶ島が、眺めているうちにだんだんと近くに感じられるようになった。海に抱かれるような温かい場所。睨み松を求めて歩いた僕たちは、思いがけない良い時間に出会えた。

一旦、道路に戻り、地元の人に聞こうということになった。それにしても、セミの鳴き声が大きい。力強く、生命力を感じる。松原を貫く道路を行き交う車のエンジン音もけたたましく鳴り響く。秀吉はこの道をどのような気持ちで通ったのだろうか。

道路を歩いていると「麻生本家松原おこし」という店を見つけた。ここは虹の松原にちなんだ銘菓「松原おこし」を製造販売する商店で、この松原おこしは、その昔、秀吉にも献上されたと伝えられている。

「麻生本家松原おこし」は虹の松原のど真ん中にある。ドライブの途中の休憩スポットとしても人気で、
近くには界隈の名物として知られる「からつバーガー」を販売するバーガーショップもある。

従業員に睨み松がどこにあるか聞いてみたが、やはり正確な場所は分からない。その従業員によれば、この地域では、毎月1日と15日にこの松林の木から枝を切りとり、神棚に上げているのだそうだ。それでこの一帯の松の背丈が低くなり、それを後付けで秀吉が睨んだということにしたのだという。睨み松にはその由来に諸説あるそうで、倉成が父から聞いた話も、そのうちの一つだったようだ。「謎な感じが良いですよね」。ぽつりと口にした倉成のひと言に、僕らも頷いた。動機、分類、結論。植物採集におけるそれらを、今、体感したようにも思えた。

この日、睨み松は発見できなかったが、倉成の表情はなんだか晴れやかだった。

もう一つ、倉成にとって忘れられないエピソードは、なんとイルカとの出会いだった。

「植物採集で、この辺りの島へも何度か行ったことがあるんです」と言って、倉成は沖のほうを指差した。そこは神集島(かしわじま)という島で、唐津市の湊町の沖およそ1kmに位置する。この島に父、そして友人と一緒に渡った日、船上で数百頭とも思えるくらいのイルカの群れに遭遇した。

「好奇心があるからでしょうね。イルカたちが、本当に映画のように船に並走してくれて、手が届きそうな距離で見られたんです。船から離れた後も、ぴょんぴょんと飛びながら、遠くに泳いで行くシーンが忘れられません」

好奇心が飛び跳ねたのか、と思った。躍動する好奇心は、あの日の倉成自身だったのだろう。イルカは仲間に出会えて嬉しかったのだ。

text by 山田祐一郎

photographs by 鈴木みのり

【DATA】
虹の松原
電話 0955-72-4963(唐津駅総合観光案内所)
入場 無料

https://www.city.karatsu.lg.jp/bunka/tanbo/shizen/matsubara.html

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