世界一の場所ですね、ここは。<br> 悩んだら川島さんに会いに来れば良いと思います。

世界一の場所ですね、ここは。
悩んだら川島さんに会いに来れば良いと思います。

column 42

倉成 英俊

January 15, 2020

ここは果たして豆腐屋だったのか。僕たちは極上の豆腐を食べた。そして、その時間は幸福だった。だが、それ以上のものをもらって帰った気がしている。川島義政さんは、僕たちに言葉も残してくれた。

虹の松原を後にして向かった先は、「川島豆腐店」だった。倉成英俊とこの店との出会いはまさに運命的だった。

「川島豆腐店」では完全予約制で飲食も楽しめる。8時~14時が「豆腐料理 かわしま」で8時〜、10時~、12時〜、14時〜の
4部制になっている。17時30分以降は夜の部。「日本料理会席かわしま」として17時半〜21時で営業する(要予約)。

「川島さんと初めてお会いしたのは、この近くにある角の寿司店『笑咲喜(えさき) 』さんだったんです」

倉成はその当時、佐賀県有田町の有田焼創業400年事業「ARITA EPISODE2」に参画していた。このプロジェクトは、日本で最初の磁器である有田焼が1616年に誕生したことを受け、2016年で400年を迎えるタイミングで、来たる次の100年に向け、それまで有田において受け継がれてきた伝統を守りながらも、新たなものづくりを進め、その魅力を国内のみならず、世界へと発信するというものだ。「EPISODE 2」は、その礎となった過去の400年を「EPISODE 1」と位置づけ、一旦この400年の壮大な物語に区切りを付け、新たな物語を紡いでいくという決意表明でもある。

「このプロジェクトをお手伝いする中で、作り手八分、使い手二分という考えが唐津焼の世界にあることを知り、実際、現地の唐津ではどのように使い手によって器が使われているのが気になり、調べに来ていたんですよ」

この「作り手八分、使い手二分」という言葉は、唐津焼は作り手によって完成するものではなく、年月の経過とともに使う人によって育てられ、味わいが生まれてくる焼き物だという意味だ。同じ時に焼きあがった器であっても、使う人の使い方によって、異なる風合いが出てくるという。それが唐津焼の醍醐味だ。

「そんな折に立ち寄ったのが『笑咲喜』さんでした。入りやすい雰囲気があり、それで下調べもなく、お邪魔したんです。すると、常連さんと思しき男性がふらりとやって来て、たまたまお隣に座られたんです」

「川島豆腐店」9代目当主・川島義政さん。豆腐づくりを一から見直し、存亡の危機に直面していたこの老舗豆腐店を
一代で立て直した努力の人だ。今や広く知られるようになった豆腐の食べ方の一つ「ざる豆腐」の考案者でもある。

その男性こそ、「川島豆腐店」の9代目当主、川島さんだった。「何してるの」「ぶらぶらしているんです」「おお、いいねえ、ぶらぶら」といった具合に、リズムよく会話が広がり、倉成はその流れに身を任せ、男性と一緒に飲むことになったという。そして、すぐに倉成はこの男性が只者ではないことを感じた。そして「笑咲喜」の大将が男性を「カワシマさん」と呼んだ時に「もしかして川島豆腐店の川島さんでは?」という仮説が倉成の頭に浮かび、聞いてみたところ、その予想は当たった。

「本当にびっくりしましたよ。すると、たまたま中里太郎右衛門さんが唐津焼の商社の方と一緒に『笑咲喜』に来店されたんです。ご挨拶をさせていただき、最終的に中里太郎右衛門さんが唐津焼きにまつわる資料をくださるということになりまして。自分としては本当にパーフェクトの夜でした。忘れられない夜になりましたね。

以来、川島さんの人となりに惹かれるようになった倉成。こんなエピソードもある。大腸ガンで入院した際、食事制限のため、野菜や豆腐などしか食べられない時期があった倉成は、川島さんに豆腐を注文する。「あれ、注文数間違ったかなと思うくらい、大きなダンボールが届いて、豆腐のほかに、ご自身の田んぼで育てられていた白米や玄米も送られてきたんですよね。心から感激しました」。そのような出来事もあり、今では川島さんのことを「師匠」と呼んでいるそうだ。

倉成にとって、川島さんと過ごす時間は特別なもの。食事の合間に最近読んでいる本の話でも盛り上がった。

「川島豆腐店」では豆腐を販売するほか、朝から昼にかけては名物・ざる豆腐を主役に据えた料理の店「豆腐料理かわしま」、そして夜には唐津の豊かな食材を惜しみなく用いた和食店「日本料理 かわしま」を営んでいる(飲食は朝昼夜全て完全予約制)。この日、倉成とともに訪れたのは「豆腐料理かわしま」。カウンター9席のみという決して広い店ではないが、川島さんの美学、哲学が行き届いた実に居心地の良い空間で、食器には隆太窯をはじめとする選りすぐりに唐津焼が使われており、ここで過ごす時間は特別だと思えた。なお、朝8時に店を訪れれば出来たてのざる豆腐を味わうことができ、それを目指して来店するファンも多いのだという。豆腐づくしのコースは全3種。いずれもざる豆腐と厚あげのお替りが自由で、1500円(税別)から楽しむことができる。

「『ざる豆腐』はまずは何もつけず、豆腐そのままを食べてみてほしい」という川島さん。絶対的な自信がなければ、なかなかその言葉は出ない。

コースで順に提供される料理はどれも素晴らしく、豆腐は風味に優れ、その余韻は上品。心からリラックスできる空間の中、良い時間を過ごさせてもらった。「どれも絶品ですね」と声を掛けると、川島さんは「私の豆腐は、ソースは最低限。ソースで食べさせるのは料理人であり、一種の騙しのテクニックだと思っているんです。調理技術だと言いながら、結局はソース。本当だったら『塩で食べてください』だと思うんですよ。という具合にね、ついつい口に出ちゃう。だから嫌われるんです。人気者にはなれない」と言って豪快に笑った。川島さんの言葉を捕捉すれば、つまりソースの前にやれることがたくさんあるだろうということだ。食材の選別、その保管や熟成の方法、温度、湿度への気配り、食材の切り方をはじめとする下ごしらえの工夫、そして火入れなどの調理方法、料理において考えるべきことは無限にあるとも言える。

「自信のない食材をソースによってどうにか美味しくする。そういう嘘までついて料理をするのも良くないしね。美味しいとはなんのか。なんで美味しいのか。そうやって考えるのが良いんじゃないですかね」。川島さんはそういって、ニコッと笑顔を見せた。倉成は、そんな川島さんを見て、「こうやって、お話をさせていただくと、どんどん名言が出てくるんですよ、川島さんは。無粋だからしませんが、本当だったらこうやって食事を純粋に楽しむような場でもノートとペンを用意してメモを取りたいくらいですね」と続ける。

「豆腐づくりは化学反応なんです。だから豆腐屋は科学者だと思うんですよ」

また、川島さんの口からドキッとするような言葉が飛び出した。豆腐づくりにおける化学反応をどのように促してあげるのか。そのことを弟子に伝えているのだと、川島さんは言う。

「結局、大豆の霊を感じないと一人前にはなれないと思うんですよね。大豆が言うんです、これくらいニガリがいるってね。考えるほど、わからないんです。だから自分を全部無くしていく。すると勝手に大豆のほうから教えてくれるんです。なんでもそうでしょ。全部無くした時に、出てくるものなんですよね。大切なことって」

口に含んでいた厚揚げを飲み込み、倉成が静かに口を開いた。

「川島さんのそういうアプローチは実学から入った上で、サイエンス、哲学、デザインなどといった様々な切り口によって昇華されているんですよね。経験と知識の集積の仕方がすごいんです」

「豆腐屋って休憩こそが修行なんですよ。自分で修行を望めばこれほど楽なことはない。うん、自分で望めば、これほど楽しい人生はないんです。豆腐屋になってよかったな、と思いますよ。冷えたワインを飲んで、言いたい放題言って、毎日楽しいよ」

二人の会話が弾んでいく中、コースも終盤を迎えていた。締めに待っていたのはうずみ豆腐という料理。あたたかい出汁に豆腐を浮かべ、そこに麦粥をかけた一品だ。

写真がうずみ豆腐。川島さんの説明を聞いて食べると、いっそう味わいが深まった。

「この出汁はエソでとっています。エソって昔は捨てるものだったんですよ。今では高級魚になっていますけどね。これはリゾットにしても美味しい。結局のところ、良い料理は、シンプルなんですよね。良い調味料を少し使うだけ。塩でシンプルに食べるのが一番の贅沢なんです。あるがままを大切にすることでしょうかね」

確かに、今、心の奥底から喜びを感じている。豊かとは、こういう感覚なのだと思った。川島さんは話を続ける。

「目の前に花が生けてあるでしょ。これも私が自分でやっているんですが、そこに素晴らしい一枚の葉っぱという造形美があることを忘れないようにしています。例えば、そういうことを見ること、感じることなく、これを良い感じに生けてやろう、つまりデザインしようとするでしょ。それがダメ。この一枚の葉っぱがそもそも備えている美を大切にすることを起点にして、物事を考えるんです。そうだな、つまりピカソでも生きた葉っぱは描けません。例え、ピカソが生きているように描いたとしても、やはり、この生きている葉っぱのほうが美しいんですよ。ただ、生きたものを見て、生きたように描けるピカソは素晴らしいと思っていますよ」

川島さんの言葉が、また心に響く。こうして投げかけてくれる川島さんの言葉は、自分の人生を良い方向に変えてくれそうだと思えた。

「大学4年の時に佐賀に私立図書館ができて、帰省した際に行ってみたんです。そこに黒田征太郎さんのカキバカという作品集があって、それを見て、なんというか、違う世界だなと衝撃を受けたんですよ。僕は工学部で、美術の道に進んでいたわけではないんですが、その作品集を買いました。実際にお会いしたことはありませんが、黒田征太郎さんは僕に指針を与えてくれた方です。川島さんとの出会いも、同じように衝撃的だったんです。僕には大豆の声は聞こえませんが、デザインの思考において、似たような声が聞こえます。仕事柄、プロジェクトの企画書を見る機会が本当に多いんですよ。いろんな企画書を見て、実際に多種多彩なジャンルの案件を動かしていくと、そのうち、声が聞こえるんです。どこでその企画が詰まりそうかって。プロジェクトがどうなるとオーガニックに進展するのか。お金と時間とスタッフとビジョン、これらのどこがダメで、その結果、ここで詰まるというようなことが、段々と分かるようになっていきました。ある人からは『プロジェクトのバグを直してくれるんですよね』と言われたこともありますよ」

有田焼創業400年事業のプロジェクトにおいても、倉成はクリエーティブアドバイザーとして、まさにそういう役割を担うために参画していたのだと教えてくれた。そして現在も、「公/私/大/小/官/民」関係なく、プロジェクトにおける“声”に耳を傾け、新しい何かを生み出している。

別れ際、「こっちに入ってみる?」と厨房内に誘われた倉成。倉成が「他にお客さんが居ないとはいえ、さすがに緊張するなあ」と言うと、
川島さんはガハハと豪快に笑って抱擁した。その表情は実に嬉しそうだった。

食事を終え、店を出る間際、倉成は今日の出来事を振り返った。「ぐにゃぐにゃの松の前にいって、睨み松のエピソードを父に教えてもらったんですが、その候補の場所が2箇所あり、エピソード自体も諸説あるようでした。せっかくだから見つけたかったですね」と残念がる倉成に対し、川島さんは「歴史とは、そういうもの。ようするに、同じものを見ても諸説あるのが歴史かな。その出来事に対して向かっていった人、逃げた人では目線が違い、解釈が変わる。どこに違いがあり、どこに差があるのか。そうやって裏側を考えるのは面白いよね。言い換えれば、歴史の全ては、人の心によって伝えられているということなのかもしれない。それが人間だし、それを否定してはいけないと思うんです。だからこそ、自分が確認して、思ったことを伝えなきゃね」と笑った。倉成は大きく頷き、その言葉を咀嚼するかのように、少しだけ目を閉じた。

text by 山田祐一郎

photographs by 鈴木みのり

【DATA】

川島豆腐店
住所 佐賀県唐津市京町1775(「川島豆腐店」隣)
電話 0955-72-2423
営業 豆腐料理かわしま/8:00〜14:00※要予約、日本料理かわしま17:30〜21:00※要予約、川島豆腐店(豆腐直売などの物販) 8:00〜18:00
定休 日曜

http://www.zarudoufu.co.jp/

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